怠惰な生活のツケで今朝は足腰が痛い。
オマケに馴れぬ杖を突いたので腕まで筋肉痛に見舞われている。
右手首は善人である証明で石を無理矢理持ち上げたおかげで、痛みが残っている。
我老いたりとしみじみ実感させられる。
さて、昨日歩いた熊野古道の一部である「松本峠」越えのことを書こう。
熊野古道は南紀の至る所にある。
普通の山道と区別される理由は、それが巡礼の道だからである。
調べたわけではないが、多分この解釈で間違っていないだろう。
まずお伊勢参りが出発点。
江戸時代はお伊勢参りが一大ブームだった。
人間というものは好奇心の強い生き物で、行き止まりまで行かなければ気が済まない。
伊勢の背後に広がる深い森を見て、そこにはもっと原点に近い有り難い神様がおわすに違いない。
いや、いて当たり前と考えた。
そして海岸近くに速玉大社、そして更に山奥に、もうこれ以上山奥はないというくらいの場所に本宮大社を作った。
速玉大社より更に南には神秘的な那智の大滝があるのでそこにも那智大社を作り、この三つの大社を合わせて熊野三山の完成である。
まあ、そんなところだろう。
この三山に至る数々の小路が熊野古道という巡礼の道である。
昨日歩いたのは伊勢から速玉大社へ向かう古道の一部。
はるばる苦労して歩いてきた巡礼者が松本峠を越えた所で、眼下に広がる海岸線の先に速玉大社を望んだのである。
その最後の難関を越えたところにある宿場が昨日泊まった熊野市である。
ほっとした客に鬼が城にまつわる伝説、獅子が吠える形の岩、イザナミノミコトの伝説を伝える花の窟を、いわばサービスとして付け加えたのである。
普通、巡礼の道は海岸線の平坦な所を通す。
しかし、山が海岸線まで切り立っている箇所はどうしても山道を作らねばならない。
今ならトンネルだ。
松本峠の古道はそのために残ったのである。
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鬼ヶ城から一気に鬼ヶ城跡に登るスタート地点。↓
親切に杖が置いてある。

頂上付近の展望台。

南紀にはこのような天然の良港がいくつもある。↓

書いてあるとおり。↓

古道といえばこのようなイメージ。↓

松本峠を越えた先からの眺め。↓
遥か彼方には速玉大社が望めるはず。

↓苔むした石畳はいい雰囲気。
