イスラム教を理解する試み(まだ続いています) | so what(だから何なんだ)

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68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、アラブ人は国家を作ることが実に下手くそだと思う。


曲りなりに成功しているように見えるのは総てが王国であり、前近代的な強権的な国家である。


王政を倒して社会主義国家に近い共和制国家を目指した国々はことごとく失敗している。


西側社会は民主主義国家に変革させるべく、かなり強引な手法を持って直接的・間接的に介入しているが、現在は逆にそれが混乱を増す要因となっている。


ぼくは、これらの問題を理解する上で、イスラム教にその原因を求めてみた。


主に歴史を中心にして考えてみたのだが、最近になって問題はイスラム教にではなく、別の原因があると考えるに至った。


逆に、イスラム教をもって理解しようとすると、問題の本質を見間違えてしまうとさえ考えている。


トランプ次期大統領のようにイスラム教徒の入国を制限すれば問題が解決するというのは、ISやテロの原因がイスラム教にあるとの考えが世界の主流だからだろう。


もしそれが事実だったとしても、7世紀から続くイスラムの教義に問題があると誰が言えるだろうか。


教義の解釈が間違っているのではとしか言えないはずだ。


しかし、それも無理だろう。


キリスト教だってプロテスタントやカソリックで大きく分かれているではないか。


いかなる宗教にも様々な宗派があるもので、それは解釈が一定ではない証拠ではないか。


確かにコーランには過激なことが書いてあるが、キリスト教が辿った血塗られた歴史を前にすると、イスラム教が特に残虐な宗教だとは断定できないはずである。


・・・・・・・


イスラム教にその原因を求められないとすればどうすればいいのだろう。


ぼくは、「アラブ人たちがなぜ国を作るのが下手なのか」を考えるべきだと思うのである。


そもそもぼくらが使う「国家」とは何なのだろう?


学校では国家を形成するための三要素は「領土、国民、主権(政府)」と教えられる。


しかし、これらは「近代国家」の要件であることに気付く。


アラブ社会はその近代国家にさえ到達していないのではないだろうか。


第二次世界大戦前の国家群を今の国家のイメージで見ると見間違う。


欧米の植民地支配の手から逃れるためには「国家」という単位でまとまったほうが安全であり、得であることに気付いたのである。


だから、第二次世界大戦後は数多くの国家が独立宣言したのである。


・・・・・・・


国の三要素のいちばん最初に「領土」が来るのはそれなりの理由がある。


領土と呼ぶには「国境」がなければ始まらない。


第二次世界大戦以前には国境があるようで、それは実に曖昧なものであった。


当時の世界地図を眺めれば、それはせいぜい勢力図で、今のように国境線ではっきり区分けされたものとは異なることに気付くだろう。


いま問題となっている中東の国々の国境線は第二次世界大戦後に決まったものなのである。


サイクス・ピコ条約とフセイン・マクマホン協定が有名だろう。


元をただせばアラブ人は砂漠の遊牧民である。


遊牧民にとって、この国境という概念ほど理解できないものはない。


遊牧するためには家畜の餌となる植物を追って季節ごとに移動しなくてはならない。


彼らにとって国境は理解できないどころか、あっては困るものなのである。


通商においても国境は邪魔でしかない。


ISの勢力図がアメーバ状なのも理由があるのだ。


・・・・・・・


次の要素である「国民」という概念も彼らには理解できない。


部族社会だからである。


利害の異なる部族同志が集まって国家を形成するなど、頭では判っていても心で理解できない。


彼らがイメージできる国家は家族的な単位である「ウンマ」が基本である。


まとまって国家を形成したかに見えても、すぐに部族間の争いが表面に出てくる。


今のアラブ国家を見ていると、その繰り返しではないか。


・・・・・・・


最後の要素である「主権(政府)」も理解できない。


家族的な部族である以上、それは家長のような役割を持つ「カリフ」でなければならない。


カリフは合議制であり、そのときもっとも人望のある人間が選ばれる。


次に理解しやすいのが「王」である。


曲がりなりにもサウジアラビアやUAEがまとまっているのは、王政を取っているからだろう。


家長も王も共通するのは、人々をまとめられる強い握力を持っていることである。


砂漠の遊牧民をまとめるために必要なのは、多少間違ってはいてもその人一倍強い握力である。


王政を捨てて共和制を目指したアラブ諸国の多くが独裁制に移っていったのは訳があるのである。


・・・・・・・


このような視点(国家形成の三要素)でアラブ社会を見ると、問題点が明確になってくる。


問題点を根本的に解決するには、部外者では不可能である。


彼ら自身が解決すべき問題である。


なぜ自分たちはこうも「国家を作ることが下手なのか」を問うところから始めなければならないのではないか。