・・・・・・・っということで、いやぁ~参ったなぁこの映画。
いい映画なのに、他人に勧められない。
簡単に言えば、バアサンがイギリスの田舎をウロウロするだけの95分間の映画である。
退屈極まりない。
最後にオチがあるかと思って眠気を押さえながら見ても、その期待は裏切られる。
しかし、あとからジワジワくる映画なのである。
なんといっても演じている女優が、あの【愛の嵐】でユダヤ人少女を演じたシャーロット・ランプリングなのである。
彼女も70歳である。
最近では、【わたしを離さないで】でチョイ役で出ただけなのに、あの存在感。
与えられた役への深い洞察力。
とんでもない女優なのである。
・・・・・・・
原題は【45 years】とそっけない。
ところが、この題名に秘められた意味はハンパない。
ぼくは結婚生活32年である。
この映画の夫婦は45年。
この映画のテーマはズバリその45年間、夫婦を結び付けていたものはナンだろう?と考えさせることである。
だから、若い人には絶対にこの映画の恐ろしさは実感できない。
ひょんなことから夫がかつて愛した女性の存在が判る。
二人が結婚する前の話であり、その女性も知り合う前に山岳事故で死亡している。
(女性は事故死ではなく、夫が殺したのではないかと深読みする人もいるかもしれないが、それより山岳ガイドへの嫉妬心と理解すべきだろう。)
ところが、夫はまだその女性を愛していることが判る。
他人から見れば、それは心に生じた「さざなみ」に見えるだろうが、次第にそれは「津波」ほどのインパクトを彼女に与えるのである。
映画ではその津波を大げさに描かない。
逆に、わざと淡々と描くことに徹する。
・・・・・・・
夫は決して悪い人間ではない。
それどころか、善人といえる。
だが、とことん鈍感な人間なのである。
学があるわけではない。(文学書を買ってくるが、決して読みきるほどの教養を備えていない。)
(逆に妻のほうが本をよく読んでいる。)
彼は工場労働者であった。(今ではろくに下水パイプも修理できないが。)
そんな夫が、とっくに死んでしまった女性のイメージをこの歳になっても追い続ける。
(楽しみにしていたはずの工場のOB会への参加にも上の空である。)
妻も最初は気にしていなかったが、体力的に不可能なはずの事故現場のスイスまでに行こうとする夫を知って、いらだつ自分を発見する。
観客は、それを「嫉妬」と見るかもしれない。
しかし、そんな生易しい感情ではないことをこの映画は描いている。
彼女は、自分の気持ちを深く考えるようになる。
すなわち、この映画のテーマである45年間二人を結び付けていたものはナンだったのだろうか?・・・である。
・・・・・・・
そこで、結び付けてきたものの話である。
●先ず考えられるのが「愛」であろう。
これはいちばんのテーマなのだが、それが過去の女性の出現で揺らぐのである。
●次に、セックスであろうか。
映画では律儀にこの老夫婦のセックスを描く。(見たくないものを見せられたという気になるのだが。)
もちろん失敗に終わる。
●子供であろうか?
二人には子供はいない。
実は、過去の女性が妊娠していたことにショックを受けるシーンがある。
夫がその女性と結婚しようと考えていたことをあっさり告白する。(それほど鈍感なのだこの男は。)
●美貌であろうか?
(もちろん、ランプリングは今でも美しいが)鏡を見るシーンで、彼女はいやほど自分の美貌が衰えたことを思い知らされる。
・・・・・・・
自分の気持ち持て余す姿を描きながら、映画は二人の結婚45周年パーティーへ向かって大団円を迎える。
村中の知人が集まってきて、それはそれは盛大なパーティーになる。
45年も続いたのだから、さぞかし二人の愛は深いのだろうと誰もが信じて疑わない。
夫はスピーチで人生において彼女と結婚したのは自分にとって最高の選択だったと述べる。
妻は何を白々しいと思うのだが、涙を流しながらスピーチする夫を見て、それは嘘ではなく本心であることを知る。
夫とは、いや男は、そういう鈍感な生き物なのだ。
ただ、夫は本当の意味で自分を愛していないことに気付いていないだけなのだ。
二人は夫の好きなプラターズの【煙が目にしみる】の曲に乗って皆の前でダンスを踊る。
しかし、そのダンスが終わったときの妻の表情のなんと絶望的なことかっ!!
彼女は失われてしまった45年間がもう取り戻せない現実に絶望する。
そう、この曲は夫のかつての恋人との思い出の曲だったのだ。
・・・・・・・
っとまあ、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたほどスゴイ映画なのだが、大人過ぎる映画なのでお勧めするどころか夫婦での鑑賞は禁止します。
(^^ゞ