ビザンツ帝国(その2) | so what(だから何なんだ)

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68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、みなさん興味のないテーマを続けます。^m^


歴史は教訓を得る場だとすれば、ビザンツ帝国からは何が得られるのでしょうか。

既に触れたように、ビザンツ帝国はマイナスイメージで語られます。

でも、何であの不安定な時代を1100年も生き延びたのか?

単なる幸運だと考えるのは間違いでしょう。(まあ幸運もありますが・・・)

一方、何で滅んでしまったのか、この二つの理由を考えるのは正に歴史の醍醐味だと思うのです。

まず大方の予想に反して長期間続いた理由ですが、ぼくは「文化」にあると考えます。

当初はローマ文化で出発しましたが、途中からギリシャ文化に変容しているのです。

その証拠に、言語がラテン語からギリシャ語に変化しています。

ご存知の通り、ギリシャはローマに征服されました。

ところが、ローマ人は家庭教師にギリシャ人を使ったり、ローマ皇帝がギリシャ演劇にのめり込んだように、征服されたとはいえギリシャはずっと憧れの対象であり続けたのです。

それはやはりギリシャの文化が偉大だったからでしょう。

哲学、演劇、政治、美術・・・・その全てにおいて、(大げさに言えば)人類文化の原点だったのです。

ビザンチン帝国が支配していた地域を見ると、バルカン半島をはじめコーカサス、アジア、ヨーロッパ、アラブと多種多様の民族が住んでいます。

なんで、こんなヤヤコシイ地域を選んだかと驚くばかりです。

そんな複雑な地域で帝国を保つのは、単に軍事力や統治手法だけでは済まなかったはずです。

やはり、民族の違いを超えた普遍的な価値観がなければ存続は難しいはずです。

そこではギリシャ文化が一本の柱の役割を果たしていたのです。

もちろんキリスト教も大きな要素ですが、それなりに変容していったことも見落としてはならないでしょう。

一般にビザンチン文化といわれますが、基礎の部分はギリシャ文化じゃないでしょうか。

軍事力と比べると文化はなんとなく柔いもののように捉えられがちですが、実は強力なパワーを持っているのじゃないでしょうか。

ビザンチン帝国史を読んでいると、そのことが強く感じられました。

・・・・・・

それにしてもギリシャというのはしたたかですね。

結局ギリシャはローマを文化で征服し返したのですから。

ついこの間までギリシャ危機ということで世界中が大騒ぎしていましたが、いまギリシャはケロッとした顔をして生活しているでしょ?(^ε^)♪