その通りは観光客で溢れ、ゆっくり落ち着いて歩くことさえできません。
いつもぼくがやっているように、これらの観光客を心の中で消し去って当時の世界にワープしてみようとしましたが、それは無駄だと気付きました。
だって、当時も路地という路地は人々で溢れ返っていたのでしょうから。^m^
ヴェネツィアはどうしてこうも人気があるのでしょう。
その魅力をぼくなりに考えてみました。
・・・・・・
以前書いたように、観光地の目的というのは1)自然が造ったもの 2)人間が作ったもの 3)人そのものに分けられるのならば、ヴェネツィアにも当てはめて考えるのが手っ取り早いでしょう。
1)先ず自然ですが、ご存知の通りヴェネツィアはラグーン(潟)の中に人工的に造られた稀有な都市です。
確かに自然の作り出す造形も魅力的でしょうが、それ自体では単調な風景に違いありません。
ですから、自然単独の景色ではなく、人工構造物とのコラボレーションでないと美しさが見出せないはずです。
2)次に人間が作ったものですが、これこそヴェネツィアの魅力の大半を占めます。
何の変哲もないラグーンに建物の土台となる杭から打ち込んだのですから、これほど人工的な都市は世界にないでしょう。
ゲーテはヴェネツィアをビーバーの共和国と表現しています。
人工的な構造物といえば、建物、橋でしょう。
ヴェネツィアはスペースが限られているものですから、あらゆる時代の建物が軒を接して混在しています。
ビザンチン、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス様式などなど。
正直なところぼくには違いが分かりませんが、建築専門家にはたまらない都市でしょう。
しかし、ぼくの印象としては建物自体はあまり魅力的ではありませんでした。
全体に統一性がないのは仕方ないとして、どれも薄汚れ、土台が腐っていて、言っちゃ悪いが安っぽくて趣味が悪いのです。
それより迷路のような路地のほうが魅力的でした。
確かにヴェネツィアは古い都ですが、ローマやフィレンツェに比べたら、その重さが足りない。
言い過ぎかもしれないけれど、軽薄な印象を受けるのです。
何故でしょう。
それは、歴史が浅いからなのです。
ヴェネツィアは6世紀中期に建設が始まった都市国家です。
滅亡するまでたった(?)1300年の歴史しか持たないのです。
紀元前からの歴史を持つほかの都市に比べたら、ヨーロッパの中でヴェネツィアは新しい都市なのです。
その歴史の長さからくる重みが欠ける印象を受けるのは、ヴェネツィアにとって不幸なことです。
3)やはりヴェネツィアの魅力を決定付けるものは、上に書いたような視覚的なもの以外の要素じゃないでしょうか。
それは、ヴェネツィアに生きた人たちの魅力です。
これだけ小さな都市国家が東地中海において海運の覇権を握ったのです。
もちろんライバルはありました。
アマルフィ、ピサ、そしてジェノヴァ。
これらのライバルたちを凌駕したのはその政体にあったことは確かでしょう。
ドージェを中心とした共和制です。
ドージェとは選挙によって選ばれた親方みたいなものです。
その親方も寡頭政治とはいえ、民衆の合意を得なければ重要な決定は出来ませんでした。
小さい国家とはいえ、国民の結束の硬さは経済活動をするにせよ、戦争をするにせよ優位に働きました。
そういう時代を先取りした優れた政体を持っていたプラス評価の反面、大きなマイナスも同時に語られるのです。
それは「堕落」あるいは「退廃」です。
あれほど小さな面積であるにも拘らず、当時のヨーロッパでは2番目に娼婦の数が多かったそうです。
マスカレードは有名ですが、あれは既婚者が公然と浮気をするための口実でしょう。
一説には、修道女がそういう職業に従事していたという話もあります。
貿易による巨万の富を入れることと、そういう道徳の乱れとは表裏一体なのでしょうか。
そして最後の魅力として挙げられるのが「滅びゆくものの美学」でしょう。
あれだけ栄華を誇ったヴェネツィアが(大航海時代を迎えたことで)、東西貿易を独占できなくなり衰退してしまった。
そんな歴史に思いをはせると、ロマンをかきたてられずには済みません。
そして忘れてはならない要素、それはヴェネツィアの未来です。
間違いなくこの人工都市は将来土台が朽ち果てて海の中に崩れ去ります。
既にその兆候は訪れたことのある人なら気付かざるを得ません。
・・・・・・
ヴェネツィアを訪問する人は、よほど鈍感でない限り、これらの魅力の全てを観察することが出来るでしょう。
結局のところヴェネツィアの魅力を一言で表すとすれば、それは「あまりにも人間的」でしょうか。^m^
