イラクを侵攻するとき時のアメリカ大統領ブッシュが口を滑らし、「聖戦」という言葉を使ってしまったことは強く記憶に残っています。
彼のいう聖戦とイスラム側のジハードとはいったいナンなのだ?
それを語る上で、十字軍の歴史は避けて通ることは出来ないのじゃないかな。
ぼくら日本人がピンとこないのは、この聖戦という言葉が生み出す彼らの途方もないエネルギーです。
この巻は十字軍の華である第三次十字軍。
獅子心王リチャードとサラディンの戦い。
例によって男の好みにはウルサイ塩野七生氏が思いっきり二人に入れ込んで書いているのが面白い。
十字軍は8次まであったのだが、次に彼女が入れ込んで書いたのが第6次十字軍。
この回の対象はフリードリッヒ2世。
彼は戦わずしてイェルサレムの領有権を勝ち取るのであるが、イスラム側と妥協した点でキリスト教側の評判が悪い。
その彼を、塩野女史は好意を込めて描くところが微笑ましい。
・・・・・・っで、いったい宗教とは何か?
一神教同士がお互い自分の神以外認めず、血を流し合う。
でも、それに何の意味があるのだろうか。
結局のところイェルサレムは宗教上の聖地であって、戦略的にも、商業的にも、農業的にも何の価値もない。
それをお互いの意地の張り合いだけで、何万という死者を出す結果となった。
それが無意味だということに気付いたのが、サラディン、リチャード、フリードリッヒ。
なにも所有しなくても、お互い巡礼できればイイじゃん。
こういう柔軟な考えが出来たのは、キリスト側ではなくイスラム側であったのが興味深い。
最後に塩野氏は過去の十字軍による「聖戦」は終わったけれど、宗教の名前の下ではなく「正戦」という正義の戦争をいまだに人類は繰り返していることを指摘。
この指摘はかなりスルドイ。
獅子心王リチャードとサラディンの戦い。
例によって男の好みにはウルサイ塩野七生氏が思いっきり二人に入れ込んで書いているのが面白い。
十字軍は8次まであったのだが、次に彼女が入れ込んで書いたのが第6次十字軍。
この回の対象はフリードリッヒ2世。
彼は戦わずしてイェルサレムの領有権を勝ち取るのであるが、イスラム側と妥協した点でキリスト教側の評判が悪い。
その彼を、塩野女史は好意を込めて描くところが微笑ましい。
・・・・・・っで、いったい宗教とは何か?
一神教同士がお互い自分の神以外認めず、血を流し合う。
でも、それに何の意味があるのだろうか。
結局のところイェルサレムは宗教上の聖地であって、戦略的にも、商業的にも、農業的にも何の価値もない。
それをお互いの意地の張り合いだけで、何万という死者を出す結果となった。
それが無意味だということに気付いたのが、サラディン、リチャード、フリードリッヒ。
なにも所有しなくても、お互い巡礼できればイイじゃん。
こういう柔軟な考えが出来たのは、キリスト側ではなくイスラム側であったのが興味深い。
最後に塩野氏は過去の十字軍による「聖戦」は終わったけれど、宗教の名前の下ではなく「正戦」という正義の戦争をいまだに人類は繰り返していることを指摘。
この指摘はかなりスルドイ。
実際現代で起きているIS問題はぼくらにとって迷惑で迷惑でしょーがないものですね。
いま正に戦っているのはキリスト教的な価値観とイスラム教的な価値観。
さらに、舞台は十字軍と同じシリアを中心とした中近東。
皮肉な一致だと思いませんか?
11世紀終わりから13世紀まで、200年にわたって繰り広げられた十字軍の舞台と役者が一致しているじゃないですか。
この伝で行くと、IS問題は200年続くことを覚悟しなきゃならないんでしょうかね。
・・・・・・
塩野七生氏がこの十字軍の物語を書いたのは、アラブの春とかいわれていまの混迷を招いた以前です。
でも、実に良い問いかけをぼくらに提示しています。
・・・・・・
歴史に学べとはよく言われるフレーズです。
でも、本当に学んだケースは希です。
いまこそ歴史に学ぶ時ではないでしょうか。
1000年近く前に起きた十字軍を知らずに、また同じ過ちを繰り返すのですか?
「聖戦」「正戦」を叫びながら・・・・
