日本の間接統治 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、またもや清里に来ています。

ここは紅葉が綺麗だと思われるでしょうが、何故か見所が少ないのです。

お隣りの昇仙峡が紅葉の名所なのに不思議ですね。

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じゃあ何をしに来たかというと、別に目的はありません。

何となく来たくなっただけです。

まあ、そんなものでしょう。

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いま一番興味があるのは、アメリカによる日本占領政策です。

ドイツ占領はアメリカよりむしろイギリスやフランスのお得意な分野で、そこにアメリカの入る余地は小さかったはずです。

それどころかソ連との駆け引きの方に忙殺されていたでしょう。

だけれど、日本は違った。

煮て食おうが焼いて食おうがアメリカの勝手だと認識されていたはずです。

アメリカにとってこれだけの独立国を自由に出来る経験は初めてだったのです。

尤も、ハワイ編入とフィリピンの植民地化の経験はありました。

いちばん参考にしたのはイギリスのやり方だったに違いありません。

その中でもインドを参考にしたはずです。

ご存知のように、イギリスは間接統治でした。

インドの支配層、知識層をイギリスに留学させ、徹底的に彼らを教育してイギリスシンパに育てたあと本国に送り返したのです。

ロンドンに旅行した人はお気づきのとおり、あの街は海外からの訪問者に対してイギリスの偉大さ、先進性、文化を見せ付けるような仕掛けになっているのです。

バッキンガム宮殿で繰り広げられるショーや、イギリス王室の大袈裟な儀式もその目的です。

間接統治で支配した後は、国民から教育を奪いました。

国内の鉄道もわざと規格を違えて、国民が自由に国内を移動しにくいようにしました。

実に巧妙な(というよりあくどい)植民地支配のシステムです。

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だがインドと日本では人種も異なるし、時代も異なるし、地政学も違う。

ベースは間接支配で間違いないでしょうが、日本ならではの占領政策があったはずです。

アメリカが重視した基本戦略がいくつかあったはずです。

それは何であったのか、とても興味があります。

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想像するに日本人の厄介な特質である封建的精神、、いわゆる武士道精神を如何に骨抜きにするか。

それがポイントだったに違いないと考えるからです。

この疑問に要領よく答えてくれる文献なり、サイトなりがないですかね?