ある聖職者との対話 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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・・・・・・っということで、聖職者と話す機会がありました。

プロテスタントの牧師さん。

人生初めて。

この際だから失礼を承知で日頃の疑問をぶつけてみました。

その中の一つ、神の存在を示すのに何で奇跡を語るのか?

ぼくのような現実的な考えの人間には代えって逆効果ではないかと。

この質問に対して、実際に起きた奇跡の例を挙げてくれました。

プールで水死した我が子のためにラジオで祈ってくれるよう呼び掛けたら、死んだはずの子供が手を伸ばして、母親のメガネを掴んだ例。

重症の病人を祈りを捧げたグループと捧げないグループに分けたら、明らかに生存率に差が出たこと。

それは人間以外、動物でも祈りの効果が出たこと。

臨死体験の話。

これらにより、奇跡、神の存在は明らかだと説明されました。

ぼくはこれらの証明法に敢えて反論することはしませんでした。

それでも、キリストが水の上を歩いたり、目しいの眼を見えさせたり、いざりを歩かせたなんて到底信じることができないからです。

そのような説明より、文明の遅れた未開人が信じやすくするために使った方便だと説明してくれた方がありがたいのです。

神の存在はアタリマエならば、説明するのに奇跡は必要ないはずですから。

・・・・・・

牧師さんと別れた後、そんなやり取りを横で聞いていたカミさんがポツリとつぶやきました。

「そんな奇跡なんて滅多に起こらないのに、逆は数え切れないほどあるのにねぇ」

ぼくは直ぐにピンときました。

と同時にぼくのカミさんスッゲェ切れるなぁと感心したのです。

要するにこうです。

健康で気立てが良く皆から愛されている子供が不運な事故に遭い亡くなったとか。

人生これからというときに、悪性の癌に侵されたとか。

老後のためにコツコツ蓄えていた貯金を盗まれたとか。

困った人を助けようとボランティア活動をしていたのに、偶然テロリストに誘拐され殺されたとか。

絶対に有り得ないことが起きるのが奇跡なら、これらマイナスの奇跡のなんと多発することか。

滅多に起きないプラスの奇跡をもって神の存在を証明しようとするならば、マイナスの奇跡によって悪魔の存在が証明されるとも言わなければならないはず。

もしそうならば、この世の中は完全に悪魔が神に対して勝利を収めていると言えないだろうか。

・・・・・・