・・・・・・っということで、愛ってなんだ?
そもそも日本語には愛という言葉がなかった。
言葉がなかったのだから、必要じゃないか理解できない概念じゃないだろうか。
ところが、欧米人は何かというと愛である。
それは、キリスト教が愛を説いているからだろう。
神は汝を愛しているというのがキリスト教の基本なのだから、彼らの人生愛抜きには語れない。
愛は地球を救うとか、愛こそ全てとか、隣人を愛せとか、人類愛とか、愛がなければこの世は回らないみたいに唱えている。
だが、彼らの行動に愛はあるか?
愛をやたら叫んでいるだけで行動は真逆じゃないかという事案に事欠かない。
・・・っということは、彼らは愛を理解していないんじゃないかとぼくは疑っている。
彼らにとって、「愛=Sex」でしかないのではないか?
頭の中はセックスで一杯だ。
セックスしなければ愛じゃないと勘違いしているからだろう。
・・・・・・
ぼくは愛は分からないと言ったばかりだけれど、母の愛は分かる。
母の愛こそ無償の愛そのものである。
キリスト教徒もそちらのほうが理解しやすいようで、その証拠に聖母信仰がある。
要するにキリストの母であるマリアを信仰するのである。
これは公平に考えてオカシイ。
マリア様は神様でもなんでもない一般の人間である。
男であるキリストの説く愛が理解できないから、分かりやすい母性愛を信仰するのだろう。
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結局のところ愛なんてそんなもんである。
何も大騒ぎするようなものではない。
愛は地球を救うなんて嘘っぱちである。
ぼくにいわせれば「道徳は世界を救う」だ。
道徳こそ戦争を終わらせることが出来る。
いま殺しあっている双方に道徳さえあれば、幼い子供を殺さないし、パルミラ遺跡も破壊しないし、自爆攻撃もなくなる。
じゃあ道徳ってなんなのだ?
・・・・・・
分解すれば「道の徳」だ。
「道」は神ではない。
ましてや愛でもない。
ぼくにはキリストの言葉より、老子のことばのほうがずっと心に響く。