・・・・・・っということで、オリンピックのエンブレム問題。
ケチがついたものは使いたくないという潔癖症によって決着してしまいましたね。
佐野氏は、栄光の頂点から地獄に真っ逆さまですね。
怖いですね、アッという間に人生が暗転するのですから。
ぼく自身の印象では、今回の彼のデザインはオリジナルだと信じています。
金目当てのヤクザなベルギーデザイナーと徹底的に裁判で戦って欲しかった。
でも、話の焦点は今回のデザインそのものより、彼の商売のやり方、彼本人の人間性に移ってしまいました。
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TVでは彼の生い立ち、学生時代のプライベートなことを根掘り葉掘り暴いていました。
そのやり口が直接彼を批判するのではなく、彼の人間性に疑問があると視聴者が感じるよう巧妙に誘導しているのです。
ナンかなぁ~~~
ひとたび攻撃してもイイよというお墨付きが出たときの、その遠慮のなさ。
弱り目の人の肩に止まって、集団で頭を突くカラスのようです。
人の不幸を見て喜ぶのはあまり上等な感情ではないので好きじゃないのですが、カミサンは面白いと正直にいいます。
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今回の事件、ぼくはこれはこれで良かったのじゃないかと思うんです。
国立競技場も含めて、いままでのように何にも無かったように進んで、オリンピックが成功裏に終わってメデタシメデタシとなるよりずっとマシでしょ?
一連の不祥事で日本が抱える重要な欠点が炙り出されたのじゃないでしょうか。
それは「責任の所在」です。
役人はあい変らず国民の税金の使い方に無責任です。
建築家はデザイン優先で、建設費に関して無責任です。
デザイナーは安易にコピペして他人の著作権に無責任です。
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どこかの社会学者が言っていました。
「日本は社会全体が緩んでいるのではないか」と。
緩んでいる原因についてぼくには意見があるのですが、ここでは触れません。
戦後70年、東京オリンピックから約51年。
日本の社会は何故弛緩してしまったか。
それを考える良いきっかけになったのじゃないでしょうか。
災いを転じて福となす・・・ですかね。