・・・・・・っということで、ぼくのお気に入りのNHK BS【英雄たちの選択】。
一昨日は終戦特集ということで、沖縄県知事だった島田叡氏を取り上げていました。
例によって、進行役の歴史家である磯田道史氏が番組の最後ですかしっ屁みたいに言う言葉が面白い。
「日本人は上への責任、一生懸命やるという過程責任は果たす。しかし下への責任と結果責任の2つが欠けている」
ウン、なかなかイイ分析ですねぇ。
歴史を勉強していると、こういう発見が大切であると同時に、醍醐味でもあります。
えっ?
大した言葉じゃないって?
そうかなぁ?
かなり日本人の本質を突いていると思いますよ。
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日本人ほど一生懸命働く民族はないでしょ?
下に行くほど一生懸命だと、確かここのブログでも書いたと思います。
上司が見ていなくても、日本人はちゃんと仕事をしますからね。
これは皆さんも思い当たるでしょう?
「上への責任ですね」
過労死したり、仕事に悩んで自殺したりする社員がゴロゴロいる。
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ところが、「下への責任」は欠けている。
欠けていると言う表現より、「自覚がない」と言ったほうがいいかもしれませんね。
日本人の上司、必ずしも無責任だとは思いませんよ。
上ばかり見ているから、下への配慮を忘れてしまっているんです。
ぼくのこの分析は、はっきり言って甘いです。
無責任上司ばかりじゃないかと突っ込まれれば、反論できません。(^^ゞ
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でも、歴史的な観点からすると、この現象は簡単に説明できます。
封建制度を維持するための教育の成果なのです。
日本における封建制の歴史は荘園制あるいは鎌倉時代からといくつか説があるようですが、やはり強固に確立したのは江戸時代でしょう。
江戸時代だけでも300年続いたんですから。
寺子屋制度によって、子供の時から支配階級に都合の良いような教育を徹底して叩き込まれたんです。
その影響は、過小評価すべきじゃないでしょう。
「下への責任」が希薄なのは、未だにその教育の影響から逃れられていないと考えても、あながち間違っているとはいえないんじゃないでしょうか。
では、どうすればいいか。
やはり教育で叩き込まれたものは、教育で改善するしかないですね。
そのベースとなる考えに、「日本は封建教育の影響下から未だ脱していない」という自覚がなければなりません。
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最後の「結果責任」については、磯田氏の勇み足。
責任とは、結果責任以外の何者でもないですから、つい口が滑ったのでしょう。
(^o^)丿