富山県が作った地図は著作権があるそうなので、Google地図をテキトーに逆さまにしてみました。
こうやって見ると、以前は陸続きだったのに、氷河期が終わり氷が溶けて海面が上がって日本が大陸から離れたって、この映像だけで実感しませんか?
ナンででしょうね?
いつもの北が上の地図なら、そんな感覚は生まれないのに・・・・
不思議ですねぇ~
日本って、辺境にある国なんですね。
もう一度こうやって見ると、文化の進んだ中国から文物が日本に伝わるとすれば、朝鮮半島を経由してきたと考えざるを得ないじゃないですか。
樺太方面からも可能性はあるけれど、伝えるべき文明なんか今でもないですよね。^m^
釜山⇒対馬⇒壱岐島⇒福岡以外考えられないでしょ?
以前ぼくは邪馬台国は近畿地方にあったという説に傾いていましたが、今では北九州説を支持しますね。(吉野ヶ里遺跡でほぼ間違いないでしょ。)
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古代史において北九州が日本の表玄関だったことは疑いの余地がありませんが、今回は敢えて上の地図にある松江に焦点を当てます。
松江といえば島根県。
島根県といえば、junちゃんobaちゃんじゃなくて、出雲大社ですよね。
この出雲大社は、通常通り南から北に向かって参拝するのに、ご神体は西を向いているんですね。
これって、かなり有名なんだそうです。
数ある神社の中で出雲大社は特殊なんですね。
何ででしょう?
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出雲大社以外に、古代史上において島根は特殊な地位を占めるのです。
出雲大社の東隣、荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡、神原神社古墳・・・と、弥生時代中期の重要な遺跡が数多く存在するのです。
これらの遺跡からは、銅剣、あるいは銅鐸がたくさん出土したのです。
何で?・・・でしょ?
山陰ですよ。
言っちゃ悪いけれど、山陽である兵庫、岡山、広島、山口(?)に比べたら、山陰の鳥取島根ってマイナーですよね?
そんなマイナーな山陰地方に、何で出雲大社のような歴史的重要遺産があるの?・・・って素朴な疑問が湧きません?
それは、上の逆さま地図に回答が隠されているのです。
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確かに古代史における日本の表玄関は、北九州で間違いないでしょう。
でも、狭い海峡とはいえ、対馬海流があるのです。(流速は流軸付近で毎秒50cm程度)
朝鮮半島最南端を出航して無事に北九州に辿り着くことが出来るとは限らないのです。
海流に流されて行き着く先は?
そう、島根県なのです。
ずっと後期の元寇でも、一部の部隊は北九州ではなく、島根県に上陸したという事実があるのです。
朝鮮半島から渡ってきた人は全員同じ部族とは限りません。
いまは韓国と北朝鮮の二つですが、当時は高句麗、百済、新羅、任那と様々な国々が朝鮮半島で覇を競っていたのです。
島根県に辿り着いた部族が、独自の文化をそこで広めたとぼくは考えるのです。
出雲周辺の遺跡は縄文時代ほど古くはないのです。
銅製の鉾や銅鐸がたくさん出土したのは、鋳造技術に長けた朝鮮の部族が住み着いたとの考えはそれほど無理はないでしょう。
その後、その鋳造技術を生かして「たたら製鉄」がこの地方で発達したのは当然といえば当然でしょう。
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出雲大社の神体が西を向いているのは、大和朝廷の主体である部族とは異なっていた。
だから、自分たちのアイデンテティーを主張して西に向けたんじゃないでしょうか。