・・・・・・っということで、中国人観光客が日本製の炊飯器を買って帰るそうだ。
もちろん日本の炊き方で炊いたご飯が美味しい知ったからだろう。
日本の炊き方とは何だろう?
それは、ご飯単体だけで美味しく食べられる炊き方である。
中国はもちろん、タイ、インドでもご飯を食べる。
だが、必ず単独で食べられるのではなく、何かに混ぜる食べ方だろう。
日本人がいなかったら、お米ってこんなに美味しい食べ物だったと世界は気付かなかったのである。
お米を美味しく炊くために日本人は妥協を許さない。
「はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣くとも蓋取るな」とはよく知られているが、ちゃんとご飯を炊けない主婦は主婦として失格とみなされるのである。
それほど日本人は、ご飯を炊くことに真剣だった。
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電気炊飯器が我が家に入ってきたのは当時としては早かったと思う。
東芝製であった。
外釜にも水を入れるタイプだった。
保温機能なんて付いていなかった。
いま我が家にある炊飯器は、加圧式で、分厚い内釜で、保温、タイマーはもちろんのこと、さまざまな炊き上がり方を選択できる。
ふっくらは当たり前で、お米が立つことを売りにしている。
多少分量を間違えても、まず失敗はしない。
改良に改良を重ね、それはまだ進化し続けている。
お米を炊くことにこれほど真剣になれる民族は他にいるだろうか?
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日本人がこだわったのは炊き方だけではない。
お米そのものの改良である。
ベトナムやフィリピンで実際に田んぼを見たことがあるけれど、稲刈りしている隣で田植えをしているのである。
二毛作は当たり前、三毛作だって可能なところもある。
お米は熱帯から亜熱帯にかけての湿地帯に自然に育つ作物である。
要するに放っておいても育つのである。
ところが日本はどうだろう?
亜熱帯でも、湿地帯でさえもない。
収穫は年に一度のチャンスしかない。
まさに一発勝負である。
頼みの梅雨は気まぐれだ。
それに加え、台風のような自然災害のオンパレードだ。
自然相手だから飢饉になることもしばしば。
日本の歴史は常に大飢饉と隣りあわせだ。
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最近のお米にはいろいろなブランドが増えてきた。
以前はササニシキとコシヒカリ一辺倒だったけれど、
ヒノヒカリ 西日本
ひとめぼれ 東北
あきたこまち 東北
キヌヒカリ 東日本
はえぬき 山形
きらら397 北海道
ほしのゆめ 北海道
つがるロマン 青森
ななつぼし 北海道
なんて、書ききれないほどある。
最初のころはイマイイチだったけれど、最近は間違いなく美味いのである。
ご存知のとおり、北海道でもお米が取れるのだ。
世界中どこを見渡しても、年の半分も雪で閉ざされる土地にお米を植えた国はない。
あり得ない。
日本人はクレイジーなのである。
もちろん寒さに強い米を作るため、絶え間ない品種改良と工夫を重ねてきたのだ。
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昔は石高なんて、お米が経済の指標になっていたくらい貴重なものだった。
いま、当たり前のように日本人は米を食べる。
無洗米なんてアタリマエ。
昔の米に石が紛れ込んでいたなんて、いまの若い人は知らないだろう。
米離れも進んでいる。
それは仕方ないことなのかも知れない。
でも、熱々で湯気が立つご飯の美味しさは日本人の原点じゃなかろうか。
日本人という民族を知る上で、お米ほど分かりやすい例はないのではないだろうか。