・・・・・・っということで、今日は建国の日なんだそうだ。
戦前でいう紀元節なんだそうだ。
神武天皇が即位した日なんだそうだ。(日本書紀)
西暦紀元前660年に即位したというらしいから、今年は2015+660=2675年でいいのだろうか?
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」なんだそうだ。
昭和15年(1940年)が皇紀2600年だということで盛大に祝ったそうだ。
(その後、戦争に突入していった時期と重なるのは偶然ではない。)
その時11歳だったぼくの母親が、巫女の衣装をまとって写真に写っている。
数多くの国が同様の記念日を制定している。
独立記念日が多いようだ。
神武天皇が神話上の架空の人物だろうが関係ない。
国として体裁を整えるためには、その発祥の日を設けることはとても重要なことだと分かる。
年に一度くらい、その国の国民が自分たちのアイデンティティーを考える日があってもいいじゃないか。
何を考えるって?
建国から現在までの歴史を思い返すことによって、「愛国心」を再確認し、今後も国民として結束を固めようと考えることだろう?
そんなことに何の意味があるの?
・・・っと、へそ曲がりな意見をいう人もいるだろうけれど、それもまた意味のあることだとしてしまおう。
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以上は、ぼくが日本国民であることをほとんど無意識の元に書いている。
日本という国に暮らす人々は2675年もの間、ずっと日本人であったことになる。
だから、日本人以外であった時期の事なんか、全く想像もできないし、関心もない。
ところが、ほとんどの国はそんなに長い歴史を持っているわけではない。
中国、エジプトくらいなものじゃないかな?
でも、古代中国と古代エジプトが現代の中国エジプトと同じかは、大いに疑問ではあるが。
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日本人にとって自分が日本人であることはアタリマエである。
でも、そうかな?
平安時代の庶民は、日本人であることを自覚していたかな?
鎌倉時代、安土桃山時代、江戸時代・・・
国を支配していたのは、貴族であり、武士であった時代が長く続いた。
国という意識を持っていたのは、一部の支配階級だけではなかったか?
ほとんどの庶民は、その時々の支配者が全てであり、そこから先の国家像を持つ日本人など皆無ではなかったのか?
日本国という意識を民衆が強く持ち始めたのが明治維新が最初ではなかったか?
すると、日本国民による日本という国家意識は、漸く明治になって初めて生まれたのではないだろうか。
それ以前は、「建国をしのび、国を愛する心を養う日」なんていう日を制定すること自体不可能ではないか。
こう考えてくると、日本国の歴史って150年そこそこじゃないのかとも考えられる。
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以上、建国の日にあたり、「国のかたち」について考えてみました。