・・・・・・っということで、読書感想文の芥川龍之介シリーズ。
【煙草と悪魔】
なんで、芥川がキリスト教の神父や悪魔を描くの?
・・・ってぇくらいぼくは芥川個人に関する知識がないという証明になった。
案外、芥川はキリスト教的な立場から人間の善悪を解明しようとしているんじゃないかと気付いた。
ちょっと飛躍するが、黒澤明監督が映画【乱】で「リア王」を持ち込んできたのに通じるものがある。
おっと、この【煙草と悪魔】からはそんな感想は湧いてこない。
御伽噺といったほうがいいくらい、肩のこらない短編である。
【世之助の話】
この作品はよく理解できない。
エロ小説なのだろうか?
大正時代はこのエロ話くらいで萌えたのだろうか?
芥川にしては、ブラックなユーモア小説なのかな?
【偸盗(ちゅうとう)】
これは短編とはいえないくらい長い。(といっても2時間もかからず読み終えるが。)
なかなかの力作である。
明らかに【羅生門】の続編と考えていいだろう。
羅生門は登場人物が下人とお婆の二人だけだが、こちらでは沢山出てくる。
そしてその各自の性格付けまで細かく設定されている。
だが、その分ピントがぼけてしまった。
芥川自身も収拾付かなくなってしまった感が否めない。
だから、超短編の【羅生門】より完成度が低いという皮肉な結果になってしまった。
これだけの複雑且つ深い人間関係を描くにはもっと長編にすればよかったのか?
多分無理だっただろう。
五七五の俳句のほうが、一大長編叙事詩より大きな感動を心に残すことだってあるのだ。
でもこの作品、ぼくは好きですよ。
あの荒みきった死の匂いが立ち込める京都の雰囲気を表せるのは、芥川しかいないだろう。
芥川らしくない、手に汗握る「冒険活劇的な」乱闘シーン。
それらの雰囲気を味わうだけでも、芥川の虜になってしまうくらい。
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ここまできて、芥川の書く小説の底辺に流れるテーマがようやく判ったような気がする。
それは「人間のエゴ」である。
各自必死で生きなければならない時代、最後はエゴとの戦いになる。
自分のエゴのためには、親、兄弟、夫婦の関係を天秤にかけなければならない状況に陥る。
その時どう行動するか、とても深いテーマである。
【羅生門】では、良心はエゴに負けた。
だが、この【偸盗】では、そのエゴに勝つ人間性があることも描いている。
自分の命を犠牲にする夫婦愛。
恋敵同士だった兄弟の兄弟愛。
生れ落ちる赤子に対する親の愛。
などである。
人間は必ず死ぬもの。
しかし、死ぬ前に必死で生きなければならない存在でもある。
この小説では様々な死が表現されているのと同時に、必死で生きる様々な人間の姿も表現されている。
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描写というか、世界観は仏教的というより、キリスト教的である。
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後から知ったのだが、芥川自身はこの小説を失敗作だとして、書き直そうとしていたという。
だが、失敗作だって、多くの考えるヒントを残してくれたのだから、それはそれでヨシとしてはどうだろうか。