・・・・・・っということで、このNHKスペシャルは良い番組だった。
BS1スペシャル【憎しみとゆるし~マニラ市街戦 その後~】という番組。
再放送らしいが、これならNHKに受信料を払ってもいいという気にさせられた。
キリノ大統領はなんで日本軍の戦犯に恩赦を与えたのか?
彼の妻と3人の幼い子供(その内一人は赤ん坊)を日本軍に目の前で殺されたのに・・・
という深ぁ~~いテーマ。
今の死刑問題とも繋がる。
彼は言った。
「恨みを持ち続けたままだと、前に進めない。」
だから赦したのだと。
同時に彼は、歴史的な事実は(教訓として)忘れてはならないとも述べたのである。
その時、国民は日本軍の仕打ちをまだ忘れておらず、キリノ大統領の決断に反対が多数世論であった。
実際、彼はこのことが影響して、次の選挙では再選されなかった。
なのに、赦した。
これは、とても難しい決断だったと思う。
もちろん、政治的な判断があったことだろう。
日本から戦後賠償を引き出すこと。
アメリカとの関係。(朝鮮戦争でアメリカが日本重視に傾いたこと。)
日本との経済的な繋がり。
など、様々な要素を天秤にかけたことだろう。
だが、やはり重要なポイントは「赦す」という行為そのものだっただろう。
これはなかなか出来るものではない。
「恨み」を持ち続けることは、心が蝕まれることでもある。
恨みはダークサイドに繋がる鍵である。
それは判っている。
相手が恩赦を与えられて、心の中で赤い舌を出すような人間だったらどうだろう?
殺された肉親は復讐を望んでいるのではないか?
キリスト教徒として、死刑執行の書類にサインをすることは教義に反しているのではないか?
様々な葛藤があっただろう。
だが、赦した。
前進するために。
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ぼくも何度か旅行者としてフィリピンに行ったことがある。
フィリピン人が抗日ゲリラ戦をしていたことも知っている。
日本軍が敗戦により捕虜になったとき、民衆が日本軍の列に石を投げたことも知っている。
だが、マニラで大規模な市街戦があって、多くの民間人が死んだことは知らなかった。
だからといって、一方的に日本だけが悪かったとも思わない。
アメリカは結局フィリピンを植民地にしようとしていたではないか。
しかし、マニラ市街戦で約10万人ものフィリピン民間人が死んだという事実は日本人として知っておくべきである。
(民間人といっても、ゲリラとして日本軍に[残虐に]殺された人たちも含まれる。)
そして、フィリピン独立後の初代大統領が、勇気ある「赦し」を決断したことも。
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どこかの国は未だに「恨み」を口にする。
賠償金も謝罪も受け取りながらだ。
これを当事者が言っちゃオシマイだろうが、だから彼らは過去に縛られたまま前に進めないのだろう。