鴨と豚とTPPの話 | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、究極の無農薬有機栽培に「合鴨農法」というものがあるらしい。

田植えと同時に合鴨の雛を田圃に放すと、草や虫を食べてくれる。

彼らのフンはそのまま肥料として役立つ。

そして、成長する頃には稲の収穫となり、彼らもお役御免となって人間様への鴨料理となる。

農家の子供たちは鴨を可哀そうだと思いながらも、彼らの肉に舌鼓を打つ。


・・・・・・

どこの学校かは知らないけれど、クラスで豚を飼った話しだ。

子豚の頃から飼い始め、3年後に処分して皆で食べるという授業をしたそうだ。

何を教えようとしたかはご想像のとおり、人間は生命を食って生きている事実である。

一生懸命世話をして、情が移った豚を食べるのだから、子供たちが受けたショックは計り知れないものだっただろう。

・・・・・・

ここまでカエルの解剖の話、小熊を食った話、犬を食った話、合鴨を食った話、豚を食った話を続けた。


ぼく自身は、カエルの解剖しか経験しなかったけれど、子供のときのこういう教育はとても重要だと考える。

いつまでも動き続けるカエルの心臓を見て「生命とは何か」を身を持って理解するのである。

確かにショックは大きい。

でも、そういう教育を受けてきた子供たちは、残酷な大人になる確率は少ないと思う。

逆に仮想空間でゲームをして育った子供は怖い。

・・・・・・

いまTPP協議で日米は厳しい交渉を続けている。

牛肉と豚肉の関税問題で、お互い譲歩を拒んでいる。

なぜコレだけこじれるのか。

ぼくは分かるような気がする。

ぼくら日本人は豚や牛を生命として見ていて、アメリカ人は肉と見ているからなのである。

日本の牧畜は小規模だ。

家族単位で家畜を飼っていて、頭数も極めて少ない。

家畜の世話もアメリカに比べずっと丁寧だ。

たぶん、飼っている豚や牛にも、無意識ながら名前を付けているはずだ。

それが日本人というものだ。

長年使ってきた車をスクラップになることを知りながら、最後は綺麗に洗車するのが日本人だ。

売られてゆく家畜に情が移っていないはずがない。

アメリカ人はそこんところを絶対に理解できない。

これだけ異なる文化を持った者同士が、同じテーブルで交渉するのだから上手く行くワケがないのである。