城を巡って考えたこと | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、なんで戦国時代の武士たちは戦ったのだろう?

ぼくが、今回の城巡りで立てたテーマはこれだ。

そんなのアタリマエじゃん。

武士だから戦ったのだ。

・・・そうかな?

じゃあ、日本史の中でなぜ戦国時代だけがこれほど戦いが続いたのか?

なぜだ?

なぜ、城をこれだけ築いたのか?

ヨーロッパの城と比べどこが違うのか?

武士たちは農民を愛していたのか?

農民を守ろうとして戦ったのか?

その答えを求めて城巡りの旅に出た。

・・・・・・

そもそも武士とは何か?

戦うことを生業とする専業集団だ。

なぜそういう専業集団が生まれたのか?

最初は、盗賊から村を守るためだっただろう。

ぼくら日本人は農耕民族で、決して狩猟民族ではない。

長いこと手塩にかけて育てた農作物を、守らなきゃならない。

だから農民が自警団みたいな形で発生したはずだ。

だけれども、武装し、高度に訓練と実戦を積んだ集団に敵うはずがない。

SECOMみたいな警備専門集団が必要になる。

要するに、武士の最初はそういった需要に支えられた雇われ集団であったはずだ。

・・・・・・

だが、武装した集団を雇ったとして、雇った連中が農民を見下すまでにそれほど時間がか

からなかったはずだ。

すると、そこに主客逆転が生じる。

武士にとって、農民は支配すべき対象で、そこから年貢を搾り取るいいカモでしかないこ

とになる。

暴力というものはそういう働きをするものである。

そういう武装集団に支配された地域が各所に出現することになる。

すると、暴力集団というものは、現状維持を望まない。

だって、隣の支配地域を奪うことが出来れば、それだけで自分たちの食い扶持が簡単に増

えるのだ。

もし、そんなに拡大思想を持たない武士団がいたとしても、いつ何時隣から攻撃されるか

分からない。

ならば、戦いのスキルを上げるしかない。

そのスキルとは、単に力や数が多ければ有利かというとそうではないと気付く。

そこに戦略、いや策略と言ったほうがいいだろう。

武士道なんてそんなものは存在していなかった。

裏切ろうが騙そうが、自分たちの領地を維持し拡大するためならなんでもアリなのだ。

戦国時代というものは実に分かりやすい、理に叶った時代なのである。

・・・・・・

そこにはもう農民を守るなんていう思想は全くない。

ここがヨーロッパの騎士団?領主?と異なる点だ。

ヨーロッパの領主は領民を守る、だから農民は年貢を納めるという暗黙の契約が成り立っ

ていた。

だから、領民を守られない領主は、クビなのだ。

基本は常に契約社会なのだ。

ノブレス・オブリージュなんていっているが、普段は贅沢三昧をさせてもらうが、イザと

いうときになったら、領民を守るために戦う義務が常に伴うのだ。

ヨーロッパの都市を見ると分かるのだが、町全体を城壁で囲む。

敵から攻められたら、領民はその城壁の中に篭って攻撃に耐えるのだ。

・・・・・・

だが、日本の城を見ると、領民?農民?全体を守る城壁などどこにもない。

あるのは、領主を守る城壁だけだ。

敵から攻められたら、領主は農民を守らない。

守るのは、自分自身だけだ。

もっと言えば、自分自身と自分の家族だけだ。

・・・・・・

要するに、日本の城を巡ってわかることは、城主が如何に自身の保身に真剣であったか、

そのエネルギーの差であるしかない。

領民の安全など、これっぽっちも考えていないのである。

敵に攻められて城に追い詰められ、篭城し、援軍が来るのをひたすら待つ。

そして、最後は自ら城に火を放って自刃する。

家族を巻き込み、一族郎党犠牲にして。

そこには、領民なんていう考えは一切ない。

領民からすれば、今度のお殿様は年貢の取立てが厳しいか否か。

それだけである。

城とはそういう存在なのである。

ヨーロッパも日本も、城は一番目立つ場所に建てられる。

それは領民に対して、誰が一番権力者であるかを見せ付けるためである。

常に思い知らせるためである。

江戸時代になると、領地換えが頻繁に行われていた。

ある日突然、支配者が代わるのである。

面白いネェ~~~

こんなことヨーロッパじゃ考えられない。

・・・・・・

なんで戦国時代の武士たちは戦ったのだろう?

なぜ、城をこれだけ築いたのか?

ヨーロッパの城と比べどこが違うのか?

武士たちは農民を愛していたのか?

農民を守ろうとして戦ったのか?

全ての答えが出た。

・・・・・・

城を巡るということは、そういうことである。