・・・・・・っということで、意欲作である。
でも、映画としての完成度はとても低い。
こんな「間延びした」映画に、よくもまあハリウッドが金を出したものだ。
そして、こんな退屈な映画をアメリカで公開したものだ。
・・・っというのが第一印象。
人物描写もヘタクソ。
トミーリー演じるマッカーサーの人物描写も不発。
主人公の准将を邪魔するライバルの人物描写も不発。
チョロチョロ出てくる日本の要人も中途半端。
そもそも、知日家のフェラーズ准将の人物描写もナンかナァ~~
・・・ってな具合。
・・・・・・っと、こうやって書くと、ドォーショーもない映画のようだけれど、あと一歩で名画になるはずのザンネンな映画となる。
では、名画となるためのあと一歩はなんだったのだろう?
・・・・・・
それは、題名の通り【Emperor】の人物像を解明する過程に焦点を絞るべきだった。
天皇は「謎の人物」である。
その謎の人物の正体は一体なんだったのか?
ここに、ストーリーの焦点を絞るべきであった。
例としては相応しくないけれど、あの【アポカリプス・ナウ】のカーツ大佐の正体をあぶりだすような手法を取るべきじゃなかったのか?
・・・・・・
それでも、最後の天皇とマッカーサーとの単独会見で、天皇とはどういう人物だったのかが露わになったとき、観客は皆涙を流したのである。
特にぼくの隣に座っていたオジサン夫婦は、辺り憚らず大泣きに泣いたのである。
・・・・・・
主人公と日本人女性とのロマンスの描写はいろいろと反対意見があるとは思うが、日米が友好関係を築くという点では不可欠な描写だったと思う。
終戦後68年経った今、こういう映画がアメリカ製作の映画として公開されるのは意味があるのじゃないか。
68年という日時が決して長い日時ではなかったことを、改めて感じさせられた。
それほど、大きなインパクトを与えた戦争だったのだということをしみじみ感じたのであります。
・・・・・・つづく。