・・・・・・っということで、オーストリー人について。
これで、この決め付けシリーズもオシマイですね。^m^
オーストリー人は弱い。
戦いで絶対有利だといわれていても、殆ど負ける。
ナポレオンには何度もコテンパンにやられた。
プロイセンに対してもいいところがなかった。
なのに、広大なオーストリー帝国を築けた。
何故なのだろう?
・・・・・・
ザルツブルグの街を見て一つだけ変な箇所があった。
それはホーエンザルツブルグ城です。
これまで見たとおり、ヨーロッパの街の高いところには必ずといっていいほど城が築かれています。
馬鹿の一つ覚えみたいに。
しかしザルツブルグの城だけは坊主の城なのです。
普通、城に住むのは領主とか王様ですよね。
なのに、ここは聖職者が住んでいた。
領主はその麓の王宮。
確かに立派な王宮(とレジデンツ)だけれども、上から見下ろすのは司教だったのです。
これが面白い。
ザルツブルグではいかに司教の力が強かったかが分かるのです。
城内の展示物に、城が補強されていく過程を示す模型があるんです。
最初は小さな教会だったけれども、次第に城壁が補強されていき、最後はとてつもなく高い城壁が巡らされる。
ブログにも書いたけれど、いままで見たどの城よりも急勾配の坂だったのです。
あのトルコ軍もこの城だけは落とすことが出来なかった。
ぼくはこの城を見て、やはり聖職者は臆病なものだと感じるのです。
あの急勾配と、高い城壁は彼らの臆病さを物語っているのです。
そう、臆病な司教が支配していた国。
弱いオーストリーの原点がここにあると思いませんか。
・・・・・・
次にお隣チェコとの関係。
プロテスタントの先覚者であった彼らとの30年戦争には勝ったけれど、やはり古いカトリックが支配する国の代表であった事実です。
モーツァルトはこの古い体質の空気の中で作曲をしたことになるのです。
彼の音楽を聴くと、古いものへの抵抗が感じられるのです。
古いものとは教会が頂点となり、それに対して頭の上がらない皇帝および貴族たちが構成する世界です。
ご存知のとおり、オーストリー帝国は戦いで勝ち取ったというより、婚姻関係で作り上げた帝国なのです。
軍隊はきらびやかな軍服を身にまとっているけれど、ウィーンがトルコ軍に包囲されたとき、国を救ったのは外国人のプリンツ・オイゲンだったのです。
・・・・・・
その後、二つの大戦を経て、オーストリーは小さな国に落ち着いてしまった。
今回、ザルツブルグとウィーンの二つの都市を見ました。
過去の栄光がいたるところに見られます。
でも、オーストリー人にとって、それは観光の収入源以外の効果を与えません。
かつて張り合っていたドイツにも大きく水を開けられてしまった。
オーストリーの将来のグラウンドデザインがどうなっているのか全く知る由もありません。
でも、街を見る限り、すばらしい自然を管理しているのを見る限り、なんとなく今後もオーストリー人は大丈夫だと感じるのです。
ちょっと大人の、ちょっと貴族趣味の、そして戦いにはめっぽう弱いオーストリー人。
それでいいんじゃないでしょうか。