・・・・・・っということで、いやぁ~スマートフォンの浸透はスゴイですね。
ヨーロッパでも殆どの人が持っている。
そして使うこと使うこと。
いまも後ろの席でオバサンがずぅ~~~っと話しっぱなし。
ドイツ語が分からんからいいけど、分かったら我慢ならんでしょうね。
もう、ところ構わずですからね。
どこの国か忘れたけれど、バスの運転手だって運転しながら使っていましたからね。
今のガラケーで十分だと思っていたけれど、こうやって旅行に出ると、欲しくなりますねぇ~。
飛行機にしろ列車にしろ、予約も切符も全部スマートフォンで済んでしまうんですからね。
モバイルパソコン開いているなんてのは時代遅れもいいところ。
だいいちWiFi接続できる場所が限られている。
タッチパッドタイプも浸透していますね。
特にスペインで頻繁に見かけた。
それと最近のパソコン、バッテリーの性能が良くなって、コンセントが不要なんですね。
いまだにぼくなんか空港に行くと、コンセントの場所を探さなきゃならない。
ついこの間まで、コンセントの取り合いでしたからね。
コードを繋いでパソコンをたたいているなんて、格好の悪いこと悪いこと。
・・・・・・
こうやって世の中どんどん便利になっていくけれど、やはり取り残される人は多いのです。
Digital Divideなんていう言葉はもう使われ始めて15年も経っているそうだけれど、案外深刻な問題なんでしょうね。
だって、便利という言葉は無駄な動きをしないで済むことでしょ?
その動かないでも用を済ませることを一番必要としているのが、老人じゃないでしょうか。
その老人が、置いてけぼりになっているのです。
逆に若い人が動かなくなっている。
変な現象ですね。
今の若い人は引きこもりとまではいわないまでも、部屋にこもりがちでしょ。
それでも外の世界とは情報で繋がっていると錯覚しているのです。
そうです、錯覚なのです。
無駄な動きこそ彼らには必要なのです。
・・・・・・
ぼくらの世代は、働き盛りの時代とパソコンの黎明期からインターネットが一般化するまでと、ちょうど重なっている。
こう見えても、パソコンは古くから使ってきた。
だから同年齢の人間よりは、多少パソコンを使えると自負しています。
その動機は、「時代に取り残されたくない」からです。
なのに、あれだけ自在にmacを使っていたのに、もう今のmacは分からない。
ましてやスマートフォンなんて、ガラケーさえサッパリなのに無理なんです。
というより、億劫になってしまうんです。
こうして、ぼくも時代に取り残されていく一人となるのです。
何の懸念も覚えずに、まっしぐらに便利なほう便利なほうへ突き進んでいく若者たちの後ろ姿を見ながら・・・