・・・・・・っということで、Pasiecznik Andreas君へ。
君はぼくに信号を送っていたよね。
何万もある君たち同僚の写真の中で、毎日何千もある訪問者の中で、ぼくだけ君の信号をキャッチしたというわけだね。
何でだろう?
不思議だね。
その前に君の名前をどう発音すればいいのだろう?
幸い、ぼくがいま飲んでいるレストランのオーナーに君の名前を見せたら、
「パシェツニック・アンドレアス」と読むと教えてくれた。
パシェツニック君でいいのかな?
この読み方が正しいことを祈りたい。
間違っていたらゴメンね。
・・・・・・
いい顔をしているね。
根性が座っている感じがする。
いくつだい?君の歳は?
そうだな、30歳は行っていないな。
24歳?・・・かな。
1942年7月20日にこの施設に来たことになっているね。
そして、12月25日に亡くなっている・・・・・・
ちょうど、クリスマスの日だね。
それにしても、5ヶ月以上も良く頑張ったね。
君のすぐ近くの写真の男なんか、24時間もせずに処刑されている。
・・・・・・
君はぼくが何かを感じたように、ドイツ軍のSSにも何かを感じさせたのだろうね。
「コイツは根性ある」・・・って。
でも結局、初夏の日に入所した君は寒い冬を乗り越えられなかったね。
君の最後はどうだったのだろう?
この写真のように、もう頑強な青年ではなかったのだろうね。
疲れ果てて、寒さに震え、痩せ衰え・・・
でも、きっと死の間際まで君のその目力だけは、このときのままだったのだろうな。
・・・・・・
無念だね。
無念としか言いようがないね。
まさか、極東のジジイが君に波長を合わせてくれるとは思わなかっただろう?
いっぱいいっぱい、やりたいことがあっただろうね。
ぼくも、君の年くらいには死なんて考えてもみなかった。
なんて不条理な人生だったのだろう。
死ななければいけない悪いことなんて、これっぽっちもしていなかったのに。
最後に君の脳裏に浮かんだのはだれ?
やっぱり母親だったのかな?
少なくとも、一緒に過ごした家族だよね。
君くらいイケメンなら、恋人がいて当然だよね。
生きていてほしいよね。
・・・・・・
確かに君の信号は受け取った。
こうしてブログに書いているから、君の信号はもっともっと多くの日本人に伝わるはずだ。
決して君の死は無駄じゃなかったなんて言わないけれど・・・・
君の名前・・・
そう・・・・・・
囚人番号49735番の君の名前:
Pasiecznik Andreasは、この極東の島国で、
一時だけど輝きを発したよ。(^o^)丿
