どうにかこうにか宿泊する部屋を確保して、晩飯を食べに夜の街に繰り出した。
その時点で9時過ぎだった。
さっきの観光ガイドの坊主に、近くのレストランでオススメを聞いたら、中華街が近くだという。
観光マップを調べたら、かなり離れている。
最初に外国の町に着くと、方向感覚より距離感が問題になる。
いったい歩いていける距離なのかどうか。
歩いて初めて、その町のスケールが感覚として掴めるものだ。
いちどインドのデリーに行って、実際と感覚の差が10倍ほど違っていた苦い経験がある。
坊主に聞くと、たった6ブロックだという。
怪しいものだが、とにかくその方向に歩いていって気に入ったレストランがあれば入ればイイや・・・ってな軽い気持ちで歩き始めた。
ところが(観光地である)旧市街から離れているので、レストランそのものがない。
もちろん辺りは薄暗く、首都にもかかわらず田舎町のような雰囲気。
流石に建物は古く、18世紀にタイムスリップしたような感覚。
廃墟と言っちゃ失礼だけれど、煤けた石灰質の多い石材で造られている。
実際、廃墟のままの建物も散見される。
ただ、そんな薄暗い通りに沢山の人出があるのである。
何をするでもなく、集まってダベっていたり、ぼんやり座っていたり、
サカリの付いた若い女の子も男の子も、でぷっと太ったオバサンも干からびたジイサンも。
通りは決して広くなく、町中が狭い路地裏で構成されているような感じ。
薄暗い中に色の黒い連中が座っていると見分けが付かず、ドキッとすることがある。
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そんな風に歩いていると、中華街に着いてしまった。
それほど遠くない。
ここまで来て中華かよ・・・っと思ったが、中華街に入ったすぐの店で、カワイイ姉ちゃんに呼び込まれ、案内されるままオープンエアーの席に座ってしまった。
もう体がビールを欲して抑えられない。
何はさておきビールを注文。
もちろんローカルビールだ。
正直なところ、ライトな口当たりだが、あまり美味いビールじゃないナ。
軽い食事をしたかったので、フィッシュのディープフライにする。
これが結構イケた。
通りに面していた席だったので、車椅子に乗ったジジイからしつこく金を恵んでくれと催促されるのがウザい。
スペイン語全く理解できないのを幸いに完全無視を決め込む。
そんなこんなで食事をしていると、少年がアタッシュケースを持ってやって来た。
何をするのかというと、客相手に手品をして見せるのである。
他の客相手に腕前を見せているのをボンヤリ眺めていた。
ぼくのところにも来たが、断った。
食事も終わり、代金を支払った。
隣の席で、店仕舞いしている少年にお釣りのコインを数枚渡してやった。
するとサービスでそのコインを使った手品を見せてくれた。
ただし、コインのあるほうの手を簡単に当ててしまった。
まだまだだな。
後から考えたら、その数枚のコインは少年にとって予想外の収入だったようだ。
写真を撮った後、握手をして別れた。
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さて、ここまで歩いて来れたのだから、旧市街の中心まではそんなに遠くない。
有名な通りを目指して歩き始めた。
ランドマークの国会議事堂、文豪が愛したレストラン、さらに文豪が定宿にしていたホテル、文豪が通い詰めたバー等が簡単に見つかった。
流石にこの通りは西洋人の観光客が多い。
ラテンのリズムを刻むバンドが通りから鑑賞することができる。
そして、有名なカテドラルの広場に出てしまった。
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深夜にもかかわらず、安心して歩けた。
あちこちに警官が立っている。
ちょっとした犯罪でも、刑期は50年だと先程のガイドの坊主が言っていたのはあながち嘘ではなさそうだ。
後から聞くと、見逃してもらうために現金を渡すととんでもないことになるらしい。
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12時近くまでほっつき歩いて、ベッドに倒れ込んでしまった。
だが、途中でエアコンの音で目覚めたことはもう書いた。
かなりの距離を歩いた。
だが、夜だったので歩けたともいえる。
日中だったら日射病で倒れていたな。
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ところが翌日、その日中に歩いたのである。
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中華街ね。
先ずはローカルビールね。
この白身魚はGoodだった。
ライスは赤米。
マジシャンの少年。
営業中。
中華街といっても短い路地。
野良犬もいますよ。
深夜なのに人は多いです。
三輪自転車のTAXIが大活躍。
国会議事堂ね。
車全部がクラッシックカーじゃない。
5%くらいかな?
文豪が通っていたカフェ。
街一番の人気通りには西洋人観光客であふれ、いくつもの店でラテンバンドが演奏しています。
いつの間にかカテドラルの広場に。
屋外テーブルではバンドが静かな曲を演奏していました。
大砲が有り余っているらしく、バリケードに利用されています。
こんな通りでもあまり危険を感じません。




