・・・・・・・っということで、公務員の退職金をカットする法律が施行されるまえに、
駆け込みで学校の教員が早期退職しているそうだ。
退職金が約150万円下がるからというのがその理由らしい。
心情的には、ケシカランと思う。
何故なら、一般に教職員は「聖職」であるという認識が浸透しているからだ。
だが、ケシカランとは思うが、そういう心情的なもの以外で彼らを批難する根拠はどこにもない。
だって、生徒を放り出して辞めていく教員(教頭も含まれているらしい)は、自分の仕事をこれっぽっちも聖職だなんて認識していないのだから。
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これと似たような事件(?)がある。
日本の技術者が大金で韓国や中国に一本釣りされ、日本が培ってきた技術を洗いざらい教えていることだ。
彼らの言い分は、日本の会社は技術者を大切にしていない。
自分の技術に見合った報酬を払ってくれる国に行くことのどこが悪いと開き直っているのだ。
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教職員も、技術者も根底にあるものは同じだ。
そこにあるのは、【倫理<金】という数式だけだ。
彼らを一方的に批難出来るだろうか?
だが確かなことは、間違いなく日本の根底に流れていた、倫理とか、道徳とか、正義感とかが失われてしまったという事実だ。
そもそも、こういう事態が起きうるという想定を、日本の社会が全くしていなかったことが間違っていたのだ。
もうそんな麗しい時代はとっくに過ぎ去っていたということだ。
ここで我々日本人がしなければならないことは、現実を直視することである。
自社の技術者には厳格な「機密保持契約」を結ばせることだ。
社内の機密を他国に売った場合、例え退職後でも訴追できるようにすることだ。
外国ではアタリマエだ。
だが、教職員には難しいだろう。
聖職という定義をすることは不可能だからだ。
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ぼくなんかはこう思う:
「彼らはたった150万円のはした金で、自分の人生に消えない汚点を作ったのだ。」
それも、人生の最終段階で。