・・・・・・っということで、体罰問題。
物理的には罰を加えないが、言葉による暴力は体罰ではないのか?
殴り方は同じでも、片や体罰となり、片や熱血指導になる。その差は何なのか?
同じ叱り方でも自殺してしまう生徒と、伸びていく生徒がいる。その差はどこにあるのか?
暴行容疑で訴えられた教師を、裏では同情する人もいるのではないか?
じゃあ、直接手を下さずに、絶対取れないノックやスパイクを選手に拾わせようとするのは体罰にならないのか?
これじゃぁ体育の顧問になる教師は居なくなると開き直るのは正しいか?
指導を受ける生徒側が体罰と感じたら、それは体罰だという定義は正しいか?
むかし自分を殴った教師を、恨みなしに懐かしく思い出せるなんてあり得るのか?
生徒のためを思って殴る教師は本当にいるのか?単なる怒りや快感が動機ではないのか?
生徒を殴るのは、どんな事情があっても許されないという意見は正しいか?
強いチームになるには、体罰も仕方ないと考えている人は多いのではないか?
根性を植えつけるには、シゴくことは効果的だと思っていないか?
みんな耐えているのに、アイツだけ根性がなかったのだと仲間の誰も思っていないか?
・・・・・・
ぼくの回答は、ケースバイケース。
統一した基準作りなんて無理。
そのケースバイケースに柔軟に対応できない教師があまりに多いのではないか。
スポーツで強くなるためには、身体能力と精神力の二つが必要であることには異論はないであろう。
だが、もう一つ知能を加えたい。
本当の一流になるためには、頭が良くなければならないと感じている。
いわれたままハイハイと言って従うチームは強くはない。
日本のチーム作りの欠点はここにあるのではないだろうか。
だからすぐ精神論に走ってしまうのだ。
ぼくにはそれが指導者の逃げに見えて仕方がないのである。