本音で語れる先生 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、戦後の教育はどこかで間違っちゃったんじゃないかという気がするんですね。

自分が教育を受けたのは、大雑把に言って1960年代です。

そのころは日教組が幅を利かせていて、小学生を前にして社会主義の理想を平気で語っていました。

そんな具合にそのころの教師は自分の教育に自信を持っていて、

良い悪いを含めて個性的な先生が多かった気がします。

ぼくはそういう大人を覚めた目で見ていた子供だったので、よく先生をからかいました。

その仕返しは拳骨や節だらけの竹の棍棒でしたがね。(^_^;)

露骨なえこひいきする先生もいたし、いまから思えばロリコンの先生もいた。

戦前の教育は間違っていたとの信念がまだ色濃く反映されていた時代だったと思います。

そのくせ、まだ戦前の教育の影響から完全に抜け切ってはいなかった。

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いまの教育現場は全く知らないのですが、子供たちが学校に通っていたときの様子で少しは分かります。

教師の質が下がったとか言われていますが、はっきり言って分かりません。

上で書いたように、相当悪質な先生を見てきましたから。(^^ゞ

(一方、親の質は確実に下がっていますね。)

ただ、想像するに、本音を隠して建前で子供に接する教師が多くなっているんじゃないでしょうか。

いまの子供はぼくの時代よりもっと賢いから、そういう建前を見抜いているんじゃないでしょうか。

さらに、子供たちも先生には建前の顔しか見せない。

会社の大人たちを見ていていればそれが分かるんです。

教師は特殊な人間じゃないですからね。

・・・・・・

いま教師は特殊な人間ではないと書いたばかりで矛盾することを言いますが、

教師は特殊な人間であって欲しいのです。

建前ばかりではなく、子供に堂々と自分の本音を語って恥じない、そういう特殊な人間であって欲しいのです。

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