【幕末外交と開国】 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、チョット前に書いた「いま興味のあるテーマ」に関連する本を読んだ。

こりゃ面白い。
ペリーが日本を開国したってことだけは教科書で知っているけれど、中身についてはサッパリ。

これまでペリー艦隊は太平洋を渡ってやって来たと思っていたけど、実は米国東海岸のノーフォークから東回りで7ヶ月以上もかけていたって知っていました?
これだけでも興味がわくでしょ?

この本は日米のやり取りを詳細に分かりやすく書いている。

ぼくが最近仕入れた知識では、「日本はアメリカに強姦された」ように開国させられたというもの。
ところがドッコイ、当時交渉に当たった林大学頭(林羅山の流れを汲む)の堂々としたやり取り。
明らかにペリーは露骨な脅しをかけまくったが、それを理論整然と受け流していったその外交手腕には驚くばかり。

対等とは言わないが、決して交渉に負けたとは言えず、当時の日本の状況を考えれば、ベストな決着だと感心せずにはいられない。

それより何より、江戸幕府が開国は避けられないと考えていたように思われる。

そのためには、どこの国と交渉すべきか。
ロシアやイギリスではなく、なぜ新興国のアメリカと条約を結んだのか。

当時、老中だった阿部の冷静な判断があったとぼくは思う。

日本側は、最初に触れたように7ヶ月もかかり、途中の補給もままならない状態では、アメリカは戦火を交える気がないと正確に見切っていた。

日米和親条約の内容は、漂流船員の保護、函館と下田の2港を開港し、燃料食料を与える。

開国といっても、驚くほど小規模だ。

二国間の貿易は一切触れられていない。

この条約が重要なのは、「最恵国待遇」であることが分かった。
(ある国が対象となる国に対して、関税などについて別の第三国に対する優遇処置と同様の処置を供することを、現在及び将来において約束すること。)

これを日本が、アメリカを選んで与えたという点が大きいのである。

歴史は資料を基に判断すべきだということを改めて感じさせられた。

強姦された云々など、まったく間違った認識なのである。

それにしても、現代日本の外交能力、どうにかならないものですかね。