犬の想い出(その7) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、5年ほど前、隣の家にアメリカ人一家が引っ越してきた。


デトロイト出身の夫婦と小さい娘、そして犬一匹であった。


ご主人は片言の日本語を話すらしいが、奥さんは全く日本語はダメだった。


隣の家は一戸建ての豪邸を新築し、外人専用賃貸住宅にしていた。


バブル期では、月100万円の家賃と聞いたことがある。


今ではもう少し下がっていると思うが。


大体2~3年周期で住人が変わる。


わたしとしては、少しでも英語の勉強と国際親善に役立てればと思い、出来るだけ話しかけるようにしているのだが、


全く挨拶もしない家族とか、奥さんが(派手な)日本人だったり、日本語ぺらぺらのドラ息子兄弟だったり・・・・。


その夫婦は典型的な蚤の夫婦で、奥さんの方がずっと背が高くデブっちょだった。


奥さんはその風貌にマッチした、とても気さくな人だった。


道で会うと、必ずにこやかに挨拶を返してくれた。


そして、その飼っている犬が犬格者(人格者?)だった。


ゴールデン・レトリーバー犬で、所々白髪が混じっていたので、かなり老犬だったと思う。


いつもガレージの柵の前で行きかう人々を眺めていた。


その犬を一目見ただけで、誰でも犬格者だと感じるのである。


ホント不思議なのだが、そういうオーラを発しているとしか表現できない。


人間に対して卑屈にへりくだっているわけでもなく、日本人だからといってバカにしているわけでもなく、


変な言い方だが、一個の生命体として懐が深い印象を受けるのである。


ミシガン州からこんな極東の国に連れてこられて、カルチャーショックを受けていたと思うけれど、


まるで、ここに何十年も住み着いている長老みたいな雰囲気なのである。


その家の前を通る通行人はだれでも、この犬に話しかけ、撫でさせてもらい、ときにはビーフジャーキーを与えたりせざるを得なくなるのだ。


絶対に吠えないし、悪ガキでも悪さをしてやろうという気も起きない。


小さな女の子を連れた母親が、柵の前で犬をかまって(かまわれて?)いる光景がしょっちゅう目撃された。


そこには、当然言語による交流はない。


でも、その犬が果たした日米交流の成果には絶大なものがあったと信ずるものである。


やっぱ、言葉じゃないなぁ。


ところが、一つ困ったことがあった。


だれも、その犬の名前を知らないのだ。


私も気になって、奥さんに尋ねてみたことがある。


Thaddeus サディアス という名だった。


ところがこの名前、日本人には馴染みがない。


すぐ忘れてしまうのである。


結局、ウチの家族も、隣のワンちゃんとしか呼べなかった。


・・・・・・


その一家が米国に帰ってしまったあとでも、しばらくのあいだ、行きかう通行人は柵の中をのぞいて、彼を探す光景が見られた。