・・・・・・・っということで、前回の読書感想文で桐野 夏生という作家のことを悪く書いてしまった。
人気作家だったようですね。
知らなかった。
特に女性のファンが多いらしく、またこれで多くの女性を敵に回してしまった。
しまったと思っても、あとの祭りで、書いてしまったものは仕方がない。
そこで、もうちょっと弁明のために読書感想文を続けたい。
それは、男女でものの感じ方が違うということを書きたくなったからだ。
男というものは、何でも理屈をつけて納得しようとする生き物である。
同じ小説を読んでも、女性と全く感じ方が違うということが往々にしておきる。
このミステリー小説を読んでいない方にはピンと来ないかもしれないが、例えば犬の死体についての描写が何度も出てくる。
男はこれをどう感じるかというと、事件に関係のある重要なヒントだと思い込むのである。
例えば、少女の死体をカモフラージュするためとか、犬を殺した犯人が殺人者だろうとか。
ところが、作者が執拗に書いているにもかかわらず、犬の死体は事件とは全く関係ないのである。
男の読者は、それが理解できない。
事件を解く鍵でもないことをクドく書くなよと、作者の技量に疑問を抱くのである。
一方、女性の読者にとってはそれはどうでも良いことなのである。
この物語は、最後になるまで少女が死んでいるかを明かさないのである。
でも、女性なら、少女が死んで埋められているんじゃないかと薄々感じるのである。
犬の死体は、そういう雰囲気作りだけに使われているのである。
男は頭で感じようとするけれど、女は子宮で感じようとするのだ。(こういう言い方は好きではないが。)
いつも思うのだが、女性は何か自分で説明の付かない不条理なものを心に抱えて生きているんではないかと。
もちろん女性自身が説明出来ないものを、男性が理解できるはずがない。
だけれども、その不条理なものは、男女を分ける決定的なものじゃないかと思うんです。
もちろん生理的な違いじゃなくて、精神的違いを言っているんです。
この作家が女性に人気なのは、その不条理な点にフォーカスして書いているからじゃないかな。
だから、この物語の最後の(いちばん大事なはずの)オチで、5歳の少女が自分を殺そうとニヤニヤしながら近づいてくる犯人に対して、自ら細い首を差し出すなんていう描写に対して:
男性なら、そんな非現実的なことはあり得ん。怯えて逃げようとするか、少なくとも首を引っ込めるはずだ。だって、5歳なんだぜ。
・・・と絶対に反発するはずである。
だが女性は、主人公の分身である娘がそういう虚無的な行動をとること自体に、全く違和感を持たないのである。