・・・・・・・っということで、大阪の選挙関連での連想。
日本の歴史を遡ってよくよく考えてみると、日本において卓越したリーダーが長い間出てきてないことに気付かされる。
信長とか、秀吉とか家康は、世界に出しても恥ずかしくない一級のリーダーであったと思う。
だがその後、日本は優れたリーダーを輩出していないのじゃないだろうか。
ここでいうリーダーとは、日本の将来に対する明確なビジョンを持っていて、それに基づき日本という国の舵取りをした人物のことを言っている。
単発的には優れた人物はいた。
だけれども、日本を直接動かしたリーダーの中にいただろうか。
そう、直接動かすリーダーとは、総理大臣。
吉田茂はぼくの中では相当点数が高い。
まず、明確なビジョンにはそれを裏付ける哲学がなければならない。
そして、その哲学を誰にでもわかるように説明する能力がなければならない。
反対者に対しては、恫喝ではなく説得力でもって説き伏せる話術。
他人の有意義な意見には耳を貸すことができ、政治手法を臨機応変に変える事の出来る柔軟さを持っていて、しかも軸はブレない。
早い段階で不幸の芽を発見し、摘むことが出来る能力。
緊急事態に冷静に対処でき、的確な指示をすばやく出せる。
深い学識と幅広い教養。
・・・・・・
などなど、そういう資質を持った人間なら、誰からも自然に付いて行こうと思われるはずだ。
すくなくとも、そういうリーダーは独裁者ではないはずだ。
逆に丸い人間に見られるはずだ。
さて日本において、これらの条件に当てはまるリーダーが過去においていただろうか。
日本人はそんなことはハナっから諦めているのだろうか。
逆に、そういうリーダーを欲していないのだろうか?
イヤイヤ、欲しているどころか渇望しているのだ。
・・・・・・
橋下氏を見るとき、上で述べた条件の殆どが当てはまらないと思うのだが、如何だろう?