永遠の命 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、変なことを考えた。


とても変なことなので、頭が狂ったと思わないでほしい。


・・・・・・


いま自分が二つに分裂したとする。


全く同じ自分が二人出来たわけだ。


生物の世界じゃ、べつに珍しいことじゃない。


お互い、全く同じ自分を見つめあう。


なにから何まで同じだ。


考えることも全く同じだ。


そこで、片一方が死んでしまったとする。


その場合、自分は死んだといえるのだろうか?


いや、まだ生きているといえるのだろうか?


・・・・・・


もう少し現実的な話。


自分と同じクローンを創ったとする。


この場合、なにから何まで同じだが、時差がある。


ぼくが死ぬときは、まだクローンは若い。


そして、そのクローンがまた同じくローンを創るとする。


それを繰り返せば、ぼくは永遠の命を得たといえるのであろうか?


・・・・・・


これは難しい問題である。


自分という定義によって異なるからである。


じゃあ、自分って何だろう?


同じ遺伝子を持って、顔貌(かおかたち)、考え方も同じなのに、自分は自分で、もう一人の自分は自分とは言えないのか?


・・・・・・


今度は、本当に現実的な話。


結婚することによって、生まれた子供はぼくの遺伝子を半分持っている。


ということは、ぼくが死んでも、ぼくの半分は生きていると考えていいのだろうか。


・・・・・・


先程、自分という定義によって異なると言った。


自分を自分だと思えば、自分である。


じゃあ、思わなかったら、自分じゃないのか。


もし、自分という言葉を持っていなかったら、自分は自分じゃないだろう。


じゃあ、言葉がなければ、自分なんて存在しないのと同じじゃないか。


・・・・・・


もし、DNAが自分だと定義すれば、クローン人間により、自分は永遠に生きられるといって差し支えないだろう。


子供が子孫を作って行けば、ぼくのDNAの割合はどんどん薄くなるけれど、ぼくは生きていけるのだ。