・・・・・・・っということで、変なことを考えた。
とても変なことなので、頭が狂ったと思わないでほしい。
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いま自分が二つに分裂したとする。
全く同じ自分が二人出来たわけだ。
生物の世界じゃ、べつに珍しいことじゃない。
お互い、全く同じ自分を見つめあう。
なにから何まで同じだ。
考えることも全く同じだ。
そこで、片一方が死んでしまったとする。
その場合、自分は死んだといえるのだろうか?
いや、まだ生きているといえるのだろうか?
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もう少し現実的な話。
自分と同じクローンを創ったとする。
この場合、なにから何まで同じだが、時差がある。
ぼくが死ぬときは、まだクローンは若い。
そして、そのクローンがまた同じくローンを創るとする。
それを繰り返せば、ぼくは永遠の命を得たといえるのであろうか?
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これは難しい問題である。
自分という定義によって異なるからである。
じゃあ、自分って何だろう?
同じ遺伝子を持って、顔貌(かおかたち)、考え方も同じなのに、自分は自分で、もう一人の自分は自分とは言えないのか?
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今度は、本当に現実的な話。
結婚することによって、生まれた子供はぼくの遺伝子を半分持っている。
ということは、ぼくが死んでも、ぼくの半分は生きていると考えていいのだろうか。
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先程、自分という定義によって異なると言った。
自分を自分だと思えば、自分である。
じゃあ、思わなかったら、自分じゃないのか。
もし、自分という言葉を持っていなかったら、自分は自分じゃないだろう。
じゃあ、言葉がなければ、自分なんて存在しないのと同じじゃないか。
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もし、DNAが自分だと定義すれば、クローン人間により、自分は永遠に生きられるといって差し支えないだろう。
子供が子孫を作って行けば、ぼくのDNAの割合はどんどん薄くなるけれど、ぼくは生きていけるのだ。