・・・・・・・っということで、 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、なんでブログを書くのだろうっていう疑問、

数多く発せられていますよね。

ぼくも何度も発してきた。

そういう疑問を発する理由は、

ブログというものが新しい個人の発信手段であって、

上手く定義されていないことによると思われる。

だって、たかが日記ですよ。

それも、公開日記ですよ。

・・・・・・

ブログにハマる人もいるし、

ぜんぜんハマらない人もいる。

ハマった人は、ブログの魅力に引き込まれる。

そして思う、

なんで、自分はブログを書くんだろうと・・・・

皆さんお分かりの通り、ぼくなんて、

どうせハマるなら徹底的にハマろうと思ってやっている。

還暦近くになって、バカだなぁ~~っと笑われようと、

ぼくはハマる。

徹底的にハマる。

だって、面白いじゃないですか。

新しく出来た情報発信ツールで、まだ定義されていないってことは。

中途半端じゃなく、どっぷりハマる。

これほど好奇心を刺激されることってないでしょう?

そして、ささやかだけれども、ブログを通じてリアルに交流してくださる

殊勝な?

変わり者の?

好奇心旺盛な?

心優しき?

ブロガーもいる。

そして一緒に付き合って飲んでくれる。

・・・・・・

ブログをやっていなければ、想像もできないことでしょ?これって。

Path Finderとして、これほど刺激的なことはない。

・・・・・・でしょ?

ぼくにとってブログを書く理由。

それは、【生きた証】を残そうとする本能なんです。

これは、タブンしばらくぼくの中の定義として変わらないと思う。

でも、新たにブログについて考えた。

ブログって【遺書】なのだと・・・。

遺書は遺書でも、長々と続く遺書なのです。

終わりのない遺書。

いや、死んだときに初めて完結する遺書。

誰に対して遺す遺書?

・・・・・・

それは、ぼくの子供たちに対する遺書なんです。

いまは父親としてのぼくを二人の娘は理解していないと思う。

でも、ぼくが死んだ後、ぼくを知る手掛かりはどこにあるのだろう?

家族旅行のときの写真?

それはほとんど役に立たない手がかりです。

あれほどウザいと思っていた父親の笑顔を見て、

もう少し優しくてあげたらなぁ~

・・・っと感傷に更ける。

でも、それは正確な父親像じゃないんです。

まさしく、美化した父親像なのです。

実際の父親はもっともっとギラギラした、

まさしくウザい存在だったのです。

・・・・・・

だから、ぼくは正直に書く。

出来るだけ正直に書く。

だって、二人の娘に対する遺書なんだから。

ウソは書きたくない。

出来るだけ・・・。

・・・・・・

ぼくが死んだ後、ぼくの娘たちがぼくが残したブログを読む。

毎日毎日ぼくが残した日々の記録。

バッカだなぁ~~と笑って欲しい。

願わくば、毎年のその日のブログを読むことを日課として欲しい。

そして、何度も読み直して欲しい。

そのときの娘たちが、ぼくのこの齢をずっと超えてオバアチャンになっても、

読んで欲しい。

・・・・・・

そして続けられるだけ続ける、

・・・・・・・っということで、