・・・・・・・っということで、最近は8月2日に書いた「ややこしいこと」で書いたことをテーマに取り上げています。
(ドーでもいいことだけど。)
ホントーはまだまとまってなく、最後の方に書こうと思っていたテーマですが、
強いリクエストにお答えして、まとまらないままダラダラと書き始めます。
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【母親の愛をもう少し掘り下げて考えるべきじゃないだろうか?】
というお題。
キリスト教はキリストを信仰する宗教である。
まあ、アタリマエな解釈ですな。
そして、キリストは男である。
その父である神に性は無いような気がするけれど、マア(髭を生やした)男としてイメージされてますわな。
キリスト教では、神の愛を説く。
神の愛とは【アガペー】である。
アガペーは【無償の愛】と理解されている。
【無償の愛】とは、その字のとおり【見返りを期待しない愛】である。
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ぼくは何度かここで書いた気がするんだけど、「愛は見返りを期待する」んじゃない?
愛とは、相手を独占したいという気持ちでしょ?
人に愛していると言うとき、心の中には「私がこんなに愛しているのだから、あなたも私を愛してチョーダイ」
・・・って気持ちが込められているんでしょ?
「ウンニャ、相手に嫌われたってイイ。私はそんなことにくじけずに、一生愛し続けるワ。」
なんて口走っても、「殺してやりたいくらい憎い」に変わるのにそんなに時間はかかりゃせんワナ。
愛とは、そんなもんだワサ。
【他人を愛するって、結局自分を愛することじゃないだろうか?】とはそんな連想で浮かんだ疑問です。
どうです?分かりやすいでしょ?
それがホンネなのに、【無償の愛】というタテマエで説教されて納得できます?
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キリスト教会に行くと、必ずマリア様像がある。
そして、そのマリア像の周りにはろうそくとか、花束がギッシリ置かれている。
こういっちゃ怒られるかもしれないが、キリストよりマリア様の方が人気があるんじゃない?
ぼくは、マリア様の【愛】の方が分かりやすいからだと思う。
アガペーなんて説かれても、わからんべー。
頭の悪いオレっちにそんなこ難しいこと言われても、アカンベェ~~。
オット、失礼。
無償の愛なんて、母親の愛とどこが違うんだべさ。
確かに、キリストは神様の子供だから偉い。
んだけんども、近寄り難いんだよなぁ~。
母親のマリア様は人間だけんども、マリア様のほうを拝みたいなぁ~~~
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アリャリャ、長くなりそうなので、この項つづく。