・・・・・・・っということで、たいへん難しい問題。
WikiLeaksの話である。
この問題の解釈でいちばん揺れているのが、マスコミだろう。
マスコミにとって、政府が隠そうとする秘密を暴き出すというのが、彼等の重要な使命の一部だからだ。
ところが、今回は秘密の質と量が半端ではない。
国家機密に属する文章が、それも大量に白日の下に曝されつつあるわけだから、
漏らす側のWikiLeaksの行為を正義と見るか、あるいは犯罪と定義するかで、
それを扱うマスコミ各社の存在意義までを問われてしまうからである。
今のところ各社、判断しかねているように見える。
特に朝日新聞は、唯一社説でコメントをしていない新聞社と聞く。
・・・・・・
不思議なもので、日本でも同じことが起きている。
先だっての尖閣諸島のビデオをYouTubeに公開した海上保安官を、
マスコミはどう扱うかでも揺れている。
ヒーローと見るか、単なる愉快犯と見るか。
そんな簡単な判断さえ明確に出来ていない。
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こう言うぼく自身も、判断しかねている。
(海上保安官はアホウと判断していますがね.)
国家機密とはいかなるものや?
一方で、何が機密かどうかを判断する政府に対する不信感がある。
そんなもの機密として、自分達に都合の悪い文章は隠しているのはケシカランという気持ちがある。
もう一方で、そんな機密をバラされたら、外交上の不利益、経済上の不利益など、
大きな意味での国家の安全が脅かされてしまうじゃないかという気持ちもある。
WikiLeaksを手放しで歓迎できないのも、非難できないのも、そういったジレンマがあるからなのだ。
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ここで、ぼくが絶対に許せないのは、機密が漏らされることによって、個人あるいは、国民の生命が危険に曝されるケースである。
それは間違いなく、犯罪行為だと思う。
では、そういう機密であるかを判断する決定権は、今のところWikiLeaksが握っている。
WikiLeaksだって、無条件に公開しないだろうと信じたい。
でも、信じられるだろうか?
そんな権利を、彼等はいつ手に入れたのであろうか?
そう考えると、WikiLeaksなどというワケ分からん連中よりも、我々が選んだ政府の方がまだしも信用できる。
・・・っという結論にならないであろうか?
政府なんて信用できないや、と言いつつ、今のところ信用せざるを得ないのじゃないだろうか。
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じゃあ、WikiLeaksは犯罪行為を行っているのだろうか?
んん~~ん、難しい。
これからの事態を見守るしかない、としか言えない。
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だが、確実に言えること。
インターネットの発達した今、機密は隠しおおせないこと。
そういう時代になったことだけは言えるであろう。