思考の断片(その3) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、思考の断片その3。


インターネットをはじめとするこの情報化社会がもたらした最大の害悪は、


自分のことを「取るに足らない人間」と考えることを蔓延させたことであろう。


その根本は、「分かった気にさせる」ことである。


どうせ、社会ってそんなものさ。


どうせ、政治ってそんなものさ。


どうせ、大人なんて、


どうせ、学校なんて、


どうせ、会社なんて、


どうせ、ぼくの人生なんて、


・・・・・・


ネットで情報を容易に手に入れ続けると、


自分の人生の行く末が「分かった気に」なってしまうのである。


その結果、自分を取るに足らない人間だと自己規定してしまうのである。


・・・・・・


昔はそんなことはなかった。


誰だって、自分のことを「ひとかどの人間」だと思っていた。


特に、高度な教育を受けた人間ほど、自分の価値を認識していた。


以前は、頭の良い子がいたら「末は博士か大臣か」と言っていたものである。


ところが、いまはそんなことを言ったって、冗談とさえもとられない。


博士や大臣なんかなりたくもない。


そんな仕事は魅力がないし、自分にはそれほどの能力がないと、自己規定しまうのである。


どうしてか?


それは、情報によって、「知った気」になってしまうからである。


なんで、博士になることが大したことがないのか?


なんで、大臣になることが大したことがないのか?


・・・・・・


とくに、この傾向は日本の若者に顕著だ。


発展途上国の若者は、もっと自分のことを「ひとかどの人間」であると思っている。


チャンスさえあれば・・・、


教育さえ受けられれば・・・、


博士にも大臣にもなれると信じている。


それは後進国のことであり、先進国では日本と同じじゃん?


・・・っと問われるかもしれない。


じゃあ、先進国ではどうか。


・・・・・・


以前、我が家にアメリカの日本駐在武官の夫婦が遊びに来たことがある。


会話の流れで、息子さんはどんな職業に就いてますか?と聞いたら、


その奥さんは、「Fireman」と胸を張って答えたのである。


そのときのぼくの正直な気持ち。


大使館付きの駐在武官だから、軍人としてはエリートの部類だ。


そのエリートの家系で、「消防士」はないだろう?


・・・ってのが、繰り返すが、正直な気持ちであった。


でも、その時も感じたのだが、消防士は消防士でも


彼らの息子は「ひとかどの人間」だと意識していたはずである。


・・・・・・


何を言いたいか?


「日本の若者よ大志を抱けっ!!」


・・・ですが、なにか?









結構深い話題でしたが、伝わったでしょうか?



(;^ω^A