・・・・・・・っということで、思考の断片その3。
インターネットをはじめとするこの情報化社会がもたらした最大の害悪は、
自分のことを「取るに足らない人間」と考えることを蔓延させたことであろう。
その根本は、「分かった気にさせる」ことである。
どうせ、社会ってそんなものさ。
どうせ、政治ってそんなものさ。
どうせ、大人なんて、
どうせ、学校なんて、
どうせ、会社なんて、
どうせ、ぼくの人生なんて、
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ネットで情報を容易に手に入れ続けると、
自分の人生の行く末が「分かった気に」なってしまうのである。
その結果、自分を取るに足らない人間だと自己規定してしまうのである。
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昔はそんなことはなかった。
誰だって、自分のことを「ひとかどの人間」だと思っていた。
特に、高度な教育を受けた人間ほど、自分の価値を認識していた。
以前は、頭の良い子がいたら「末は博士か大臣か」と言っていたものである。
ところが、いまはそんなことを言ったって、冗談とさえもとられない。
博士や大臣なんかなりたくもない。
そんな仕事は魅力がないし、自分にはそれほどの能力がないと、自己規定しまうのである。
どうしてか?
それは、情報によって、「知った気」になってしまうからである。
なんで、博士になることが大したことがないのか?
なんで、大臣になることが大したことがないのか?
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とくに、この傾向は日本の若者に顕著だ。
発展途上国の若者は、もっと自分のことを「ひとかどの人間」であると思っている。
チャンスさえあれば・・・、
教育さえ受けられれば・・・、
博士にも大臣にもなれると信じている。
それは後進国のことであり、先進国では日本と同じじゃん?
・・・っと問われるかもしれない。
じゃあ、先進国ではどうか。
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以前、我が家にアメリカの日本駐在武官の夫婦が遊びに来たことがある。
会話の流れで、息子さんはどんな職業に就いてますか?と聞いたら、
その奥さんは、「Fireman」と胸を張って答えたのである。
そのときのぼくの正直な気持ち。
大使館付きの駐在武官だから、軍人としてはエリートの部類だ。
そのエリートの家系で、「消防士」はないだろう?
・・・ってのが、繰り返すが、正直な気持ちであった。
でも、その時も感じたのだが、消防士は消防士でも
彼らの息子は「ひとかどの人間」だと意識していたはずである。
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何を言いたいか?
「日本の若者よ大志を抱けっ!!」
・・・ですが、なにか?
結構深い話題でしたが、伝わったでしょうか?
(;^ω^A