・・・・・・・っということで、羽田に国際定期便の就航が再開されるというニュースには感慨深いものがあった。
ぼくが小学1年生のとき、オヤジが初めて渡米するとき、羽田空港に見送りに行った。
親戚も見送りに来た。
それほど、当時は海外に飛行機で行く事は一大事件だった。
出発するゲートにはレッドカーペットが敷かれていた。
当時の飛行機は、DC4というプロペラ機だった。
途中、ウェーク島とハワイの2回の給油が必要だった。
屋上の見送りデッキに上がり、見送りの人たちの足元をかき分け、手摺にかじりついた。
タラップを上る親父の姿を誇らしげに見たものだった。
飛行機の窓に手を振るオヤジの顔が見えたような気がした。
そのときの印象が今でも強く残っている。
そして、ぼくが24歳のとき、同じゲートを通ってイラクに出発した。
母親が見送りに来てくれた。
途中、バンコクとデリーの2回の給油が必要だった。
2年の勤務を終えて、帰ってきたときは成田空港だった。
出迎えはなかった。