通信技術(その7) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、世の中「人と繋がりたい」という人たちで一杯になった。


もう、家族とか、親戚とか、地域社会とか、密度の濃い生活には戻りたくない。


いや、戻れない。


そういう人間(一方でコミュニケーション下手、同時に繋がりを求めている人間)、


それが現代の人間像だと思いませんか?


・・・・・・


そんな中でのブログの位置付けなんです。


ブログを書く人って、(ぼくも含め)何かを発信したいと思っている人なんです。


日記のように、自己完結するのではなく、他人に向かって発信したいんです。


その発信する何かは人によって様々ですが、【自分の生きた証】を発信しようという人は多いはずなんです。


これは、ぼくを分析した結果当てはまることで、もう何度もこのことはここで書いてきました。


ブログは一方通行でも完結しますが、読んだ人からのレスポンスがないことには、ブログの醍醐味を味わったことにはなりません。


そんなブログでも、ウザイと思う人はTwitterに流れるんでしょうね。


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さて、そんなブログでも、波長の合う人って必ず出てくるんです。


そうすると、自然にコメントを書くようになる。


メールと違うのは、相手のことが分からない点なのです。


相手の人間像を、こちらで作り上げなければならない。


その辺が、面白いんですがね。


そして、密度が濃くなっていく。


・・・・・・


ブログのいいところは他にもあって、リセットできることなんですね。


密度が濃くなるのはいいんですけれど、それが鬱陶しくなったり、作り上げた人物像と相手が違うと感じたとき、


アッサリ、閉鎖することだって出来るんです。


全く違った自分として、新しくブログを立ち上げればいいのです。


実は、心の裏でその辺を探りあいながら、コミュニケーションしているんです。


だから、普通はありのままの自分の情報を提供しないのが安全だと考えるんです。


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でも、会いたくなるんですね。


少なくとも、ぼくはそう感じるようになりました。


ブログを介してのコミュニケーションは、やはり繋がりとしては希薄だからなんです。


心の奥底では、もう少し濃い繋がりを求めているんですね。


・・・・・・


っで、会うんです。


会った途端、その人の情報量は一気に増えるんです。


ひとつ前のブログに書いた、「本物の」コミュニケーションが出来るのです。


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だけれども、意外なことを書きます。


自分でも意外だと感じたんですが、一度会った人とは今までのブログの付き合いが出来ないんです。


未知の部分が相当数失われて、既知の相手のブログを読むことになるんです。


変な言い方ですので、誤解して欲しくないんですが、「ブログの醍醐味」が失われるんです。


実は、それから先が難しいんです。


会った後に、さらに濃い付き合いが出来るか、そこが難しいんです。


そうは言っても、会いたいというのは自然な感情で、ぼくもその感情を押さえることはしたくありません。


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そこで、最近あるブロガーに大事なことを気付かされたんです。


姿かたちも知らない相手とブログを通じてコミュニケーションするには、限界がありますよね。


その人が言うには、コミュニケーションするには、少なくとも「相手の目を見ながら」するのが礼儀ですよねと。


そしてある日、そのブロガーは自分の顔をアップしたのです。


そして、その目はきちんとこちらを見つめているのです。


これには驚きました。


ブログに自分の素顔を載せるって、色々な意味でリスクがありますよね。


ですから、ぼくも今後自分の顔を出すつもりはありません。


でも、相手の顔を知ると知らないでは、全く濃さが違うんです。


ブログを知ったような書き方をしていますが、これには本当に驚いた。


ブログの新しい面を教えてもらった気がします。


・・・・・・


以上で今回のシリーズを終わります。


今後も、コミュニケーションのこと、ブログのことを考えていきたいと思います。