通信技術(その6) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、このシリーズの最終回。(タブン)


長々と続けていましたが、通信手段(コミュニケーション手段)が発達するにつれ、


速度と反比例して密度は薄れたのじゃないかと言いたいんです。


もちろん人と人との心の密度のことです。


いま巷に溢れているメール、あれってものすごく密度少ないんじゃないですか?


電車の中や、駅の人ごみの中で、携帯を睨んでいる人の数は、半端じゃないですよね。


そんな光景を見て、何か変だぞって感じないですか?


密度が薄れた分、数で補おうとしているんじゃないですか?


メールは他人と気軽に繋がれる。


その分、その繋がりは危ういと言えるでしょう。


だから、危うい糸が切れないか心配で、携帯を握り締めながら生活しているんじゃないのですか?


それって、異常な状態と言うより、悲しい状態に思えてくるんですけれど。


本来なら、相手の目を見ながら話すべきなのに、声さえも聞けないメールに頼るなんて。


そうしていくうちに、人々は本物のコミュニケーションが下手くそになっていく。


本物のコミュニケーションとは、相手の目の動き、表情、声のトーン、息遣い、仕草、


・・・・・・そして、触れ合い。


アレレ、やっぱり最終回にはならなかった。


・・・つづく。