心の中の器(うつわ) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、私はほとんど何でも食べるが、サーモンの刺身だけはパスする。


アメリカで生活していたとき、しょっちゅう寿司屋に行っていたのだが、必ずサーモンの刺身が付いた。


一番安くて、手に入りやすい素材だから仕方ないが。


嫌いじゃなかったのだが、もう人生で食べる量をオーバーしてしまった。


人間というものは、自分の中に色々な大きさの器があって、


それぞれに容量が決められていて、


それを超えると溢れてしまうんじゃないかなと思う。


たまたま、私のサーモンという器の許容量が一杯になってしまったと考えるワケ。


さて、愛についてもそうなんじゃないかな?


・・・・・・また、藪から棒ですが。


大人になるまでに、心の中には色々な愛の器があって、子供のうちにそれぞれが満たされていく。


一番大きいのは、「母の愛」の器。


それよりはずっと小さいけれど、「父の愛」の器っていうのもある。


他にもいろんな大きさの器があって、


それは「友達の愛」だとか、「近所の人たちの愛」とか・・・。


その器が、バランスよく満たされて成長すると、心のバランスも取れた人間になるのだと思う。


しかし、世の中にはその「愛の器」の一つが極端に、満たされずに大人になる人もいる。


私が言いたいのは、「父の愛」の器である。


私の娘達が小さいときは、もう溺愛して育てた。


だから、いま私が娘達から冷たくあしらわれているのは、


十分に彼女達の「父の愛」の器は満たされている状態だと考える。


無理にでも、そう考えることにする。


・・・・・・


さて、色んなブログを読んでいると、「父の愛」が足りなかったことが原因で、


悩んでいる多くの女性達がいることを知った。


そういう人たちは、父親の愛が多少ではなくて、極端に少ないことを知って愕然とする。


そのために心のバランスを崩してしまったのだ。


でも、色んな理由で父親がいない状態で育った人は、世の中にたくさんいる。


そういう人たちが必ず心のバランスを崩し、悩んでいるとは限らないというのも事実である。


・・・・・・


この心の「愛の器」は、大人になってからあとでも満たすことが出来るのであろうか。


いくつかの器は出来るかもしれないが、「父親の愛」の器は出来ないような気がする。


人は無意識に、足りない愛の器を満たそうと努力するものなんです。


例えば、恋人に、他の男性に、そして夫にそれを求めるのです。


でも、その父の器を満たすことが出来るのは、父親しかいないのです。


キツイ言い方かも知れませんが、バランスを崩したまま生きるしかないのです。


もう大人なのですから。


そういう希望は、キッパリ諦めるしかないのです。


マグロの刺身を食べたい人は、サーモンの刺身で代用はできないのです。


・・・・・・


そうは言っても、そういう悩みを抱えた人たちのブログを読んでいると辛い。


行間から、助けを求める声が聞こえる。


「私には愛が必要だ」と。


そして、いろいろな人がアドバイスをする。


励ましのコメントを書く。


私も、もちろん書く。


今もこうやって書いている。


でも、もし、私が今述べたことを理解してくれるなら、次にすることは気付くはずだ。


いや、気付いて欲しい。


それは、愛を与える側に回るのです。


変な言い方かも知れませんが、犬に愛を与えるように。


犬に愛を与えられるなら、人間にだって与えられるはずです。


与える側の愛には、容器はない。


こちらは、足りなくなることはない。


・・・・・・


両親が早く離婚してしまって、母親だけに育てられた女性を知っています。


とても素敵な女性です。


こんな話しをしたこともないし、するつもりもないけど、


その人は多分、私の言うことをとても理解してくれると思います。


タブン。






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