・・・・・っということで、ここからは、この国について、さらに思いをめぐらしてみようと思う。
この国に来て、久しぶりに私の好奇心が刺激された。
不思議な国である。
まるで、タイムカプセルに残されていたような国なのである。
ある人は、シャングリラ(桃源郷)と表現する。
飛行場が出来たのが、1985年。
それまでは、この国に来るためには、インドからはるばると曲がりくねった細道を、幾つもの峠を越えてくるしかなかった。
こういった地理上の制約こそが、この国が外国の影響を受けずに、独自の社会を維持できた理由だ。
でもこの国は、外界から切り離された他の僻地とは、趣を異にしている。
単なる僻地の山岳民族とは明確に違うのである。
これを独特の文化との表現してしまっては、ちょっと相応しくない。
独特の社会なのである。
他の社会から切り離された状態で、その国がどうなるかと神様が実験したとする。
一つは、何も手を加えず、もう一つにはちょっとだけ手を加えた。
何も手を加えなかった方は、いかにも野蛮な国になった。
手を加えた方は、野蛮とは正反対の、人々は道徳心に満ち溢れ、自ら幸福だという国になった。
そのちょっと手を加えたというのが、仏教という種をまいたことなのです。
大げさかもしれないが、このような国が存在すること自体、奇跡だと感嘆せざるを得ない。
確かにこの国は貧しい。
農業が最大の産業なのだが、切り立った岩だらけの崖に、コツコツと棚田を作らざるを得ない。
ヤクの乳を搾って、チーズを作る。
電気も普及しておらず、未だにランプの生活も数多く残っている。
でも、精神が卑屈ではない。
向学心も高い。
バスの料金も驚くほど安いが、収入が少ないので、皆よく歩く。
歩く、歩く、どこまでも歩く。
この人たちの一生は、歩くことで費やされてしまうのかと思うほど、歩く。
そして、礼儀正しい。
服装もきちんとしている。
すばらしい笑顔を持っている。
皆、国王をたたえる。
自分の国に誇りを持っている。
そして、信仰心が強い。
そうなのです、これが仏教の威力なのです。
宗教の良い側面だけ発揮されたような理想郷なのです。
どうか、この国が外国の影響を受けて変容しませんように。
どうかこのまま、平和な独立国家として存続できますように。
それは無理な願いだとは分かりきっていますが、そう願わざるを得ません。
今回、このような形でこの国を訪問することが出来て、本当に幸せだと思いました。
今までにない、不思議な気持ちでこの国を後にしました。
end.