この国について(その2) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・っということで、ここからは、この国について、さらに思いをめぐらしてみようと思う。


この国に来て、久しぶりに私の好奇心が刺激された。


不思議な国である。


まるで、タイムカプセルに残されていたような国なのである。


ある人は、シャングリラ(桃源郷)と表現する。


飛行場が出来たのが、1985年。


それまでは、この国に来るためには、インドからはるばると曲がりくねった細道を、幾つもの峠を越えてくるしかなかった。


こういった地理上の制約こそが、この国が外国の影響を受けずに、独自の社会を維持できた理由だ。


でもこの国は、外界から切り離された他の僻地とは、趣を異にしている。


単なる僻地の山岳民族とは明確に違うのである。


これを独特の文化との表現してしまっては、ちょっと相応しくない。


独特の社会なのである。



他の社会から切り離された状態で、その国がどうなるかと神様が実験したとする。


一つは、何も手を加えず、もう一つにはちょっとだけ手を加えた。


何も手を加えなかった方は、いかにも野蛮な国になった。


手を加えた方は、野蛮とは正反対の、人々は道徳心に満ち溢れ、自ら幸福だという国になった。


そのちょっと手を加えたというのが、仏教という種をまいたことなのです。



大げさかもしれないが、このような国が存在すること自体、奇跡だと感嘆せざるを得ない。


確かにこの国は貧しい。


農業が最大の産業なのだが、切り立った岩だらけの崖に、コツコツと棚田を作らざるを得ない。


ヤクの乳を搾って、チーズを作る。


電気も普及しておらず、未だにランプの生活も数多く残っている。



でも、精神が卑屈ではない。


向学心も高い。



バスの料金も驚くほど安いが、収入が少ないので、皆よく歩く。


歩く、歩く、どこまでも歩く。


この人たちの一生は、歩くことで費やされてしまうのかと思うほど、歩く。



そして、礼儀正しい。


服装もきちんとしている。


すばらしい笑顔を持っている。


皆、国王をたたえる。


自分の国に誇りを持っている。


そして、信仰心が強い。



そうなのです、これが仏教の威力なのです。


宗教の良い側面だけ発揮されたような理想郷なのです。



どうか、この国が外国の影響を受けて変容しませんように。


どうかこのまま、平和な独立国家として存続できますように。


それは無理な願いだとは分かりきっていますが、そう願わざるを得ません。



今回、このような形でこの国を訪問することが出来て、本当に幸せだと思いました。


今までにない、不思議な気持ちでこの国を後にしました。







end.