今日は、我が社のFB友達が投稿していた記事をご紹介します。目を通したあと、背筋が伸び大きく息をついた。
<以下引用>
【”貢献”こそが存在意義】
「今日、何に貢献出来たか?」
”貢献する事”、それが人間の存在意義だと思います。
仕事を通して社会に貢献する。
遊びを通して友人や同志に貢献する。
孝行を通して家族に貢献する。
どんな事でも良いのでしょうが、”一日一貢献”をモットーに生きていくべきなのかなと”フト”思いペンを取った次第でございます。
<中略>
何でもいいです。
人間の存在というのは“周囲との関係性”で出来ています。
無人島で自分の存在意義は示せません。
もちろん、誰にも貢献する事など出来ません。(”無人”島ですから・・。)
”貢献”どころか”迷惑”ばかりかけてしまっているという方も中にはいるかも知れません。(かく言う私も)
しかし、まずは”貢献”という意識を持つ事から始めていかねばと思っております。
自分の言動、自分の行動が周囲をプラスに引っ張っていける。
そんな事を目指して日々生きていきたいと思う今日この頃でした。
<引用終わり>
人間の存在意義とは、『貢献』であるということ。その理由は『人間の存在というのは“周囲との関係性”で出来ています。』と述べられている。確かにこれは間違いないことだと思える。
『もっと時間が欲しい』だとか『お金がほしい』だとかと言っている人に、好きなだけのお金と時間を与えても、無人島では幸せにはなれないだろう。他の人が存在してくれるだけでも嬉しいと感じるに違いない。行為ではなく、存在だけでも人は貢献できる。
『貢献』という言葉を聞くと、実際はなんだスゴイ大きなことのように感じてしまうかもしれない。だがこのように述べられている。
『どんな事でも良いのでしょうが、”一日一貢献”をモットーに生きていくべきなのかな』
"人間の存在意義"であるのに、『どんなことでも良い』といっているのですよ。何でもいいのなら、人生の意味ってなんなんだろう?そんな疑問がわいてきませんか?
でもですね、それこそが答えなのかも知れない。人生に「コレだ!」という意味などないということ。
何かに向かって生きているという『線』ではなくて、今をどう生きたのかという『点』の連続でしかない。何か目標を持ってそれを成し遂げたいとしても、今日という一日は、いつかくるその時ためにあるのではなくて、今日できることをするためにある。準備期間などなく『いま、ここ』も本番。だから『どんなことでも良い』。一日一貢献で。そう考えていいのではないでしょうか。
しかし、他の人へ貢献しようとすること、何か良いことをしようとすることは、時に大きなエネルギーを奪われる。
それを恥ずかしいと思って行動するために勇気が必要だったり、『いい人ぶっている』『ひけらかしている』などといった妬みを受けて嫌われたり足を引っ張られたり。そういう人も必ずいるものです。
周囲のために良かれと思って発言や行動しても、それが受け入れてもらなかった経験がは多くの人にあるのではないでしょうか。
自分が良いと信じているこを自由にしようと思えば、多かれ少なかれそういうことは起こる。それは自由の代償といえるかも知れない。
だけどそれを恐れること、誰にも嫌われないようにするということは、不自由だ。自分が良いと信じた、自分が選んだ道ではなく、他者がどう思うかに縛られ、他人の人生を生きるようなものになってしまう。
自由に生きることを選ぶことは迷いも生じる。だけど『他の人への貢献』こそが人間の存在意義であるならば、それが前提であることについては自分の自由に生きていいと思う。迷うことなく自分が良いと信じたことを選び、嫌われる人には嫌われれてもいい。過去も未来も関係なく、他者の顔色を伺うこともなく『いま、ここで』できる一日一貢献をしていいと思う。
貢献こそが人間の存在意義であるならば、自分が誰かの役に立てていると感じた時、人はそんな自分を好きになれると思うからです。
自分を好きになることができれば、それまで避けていた、あるいは苦手だった人間関係にも積極的になれる。そしていつでも他の人を助けようと思えるのならば、それはすべて自分にとって仲間という存在になる。そう思えた時、世界の見え方が変わってくる。
他の人に働きかけ、自らの主観によって『自分は誰かの役に立っている』と思えればそれでいい。感謝されなければいけないというわけではない。
なんか『一日一貢献』ってすごくいい言葉だ。どんなことでもいい、今日なにかに貢献できたのなら、そのために今日という一日があったということ。『いま、ここ』を生きていこう。そんなことを感じた。
最後に僕が折にふれて読み返している言葉。あのマザーテレサも引用したケント・M・キースの逆説の10ヶ条の中から3つほどご紹介して終わりにします。
『なにか良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。』
『今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。』
『人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると 攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。』
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