【どうしてもそれが理不尽だと思えるならば】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

※2010年12月20日のブログの内容を少しだけ編集して再投稿です。

 最近、身の回りで色々な課題が浮上してきていて、じっくりと考え込んでしまう時間がとても長く感じることが多いです。そんな中で、思い出したことがあったので、そのことについて書いてみたいと思います。


 捉え方によっては、日ごろ感じている心のモヤモヤが、スーっとなくなっていくのを感じられるかも知れませんよ。


 皆さんも、日常生活や仕事において、色々と自分自身に課題・問題が振りかかってくることはあると思います。苦しいこと、辛いこと、イヤなこと。そんな事ばかりが続くことだってある。


 前向きに考えれば、

『そういった苦労があるから幸せを感じることが出来る。』

 ということを、口にしたり、思ったりすることもできるかも知れない。


 しかし、時にはそうは思えない理不尽なことや、非がないのに嫌な思いをしたり。そんな時もありますよね。


『なんで自分がこんな目に...』

『一体どうしろってんだよ???』

つい感情的になってしまうような出来事です。

 酷い時には、完全に周囲から陥れられてしまい、まったくもって不当な扱いを受けてしまうようなこともあります。

 かつての僕は、思い込みが強いうに、思慮の浅い人間でした。物事を一点だけから捉えて、「おかしい!」と思えばすぐに感情的になってまくし立ててしまうこともしばしば。


 でも、そういった問題って、そんなことをしても、絶対に解決になんか至らないんですよね。それだけはハッキリとしていました。それを全く知らなかったんです。


 そんな私を見事に更生させ、当時よりマシな大人になるきっかけを与えてくれたのが、上司の「ある言葉」でした。

 以前に仕事上で、自分が原因で大問題を起こしてしまい、それなりの処分というか、お叱りを受けた時があったんですね。

『あぁ、何でこんなことになってしまうんだ』

『どうして僕が...』

『なんであの人がそんなことを...』


 という自問ばかりをしながら、毎日を過ごしてしまっている時でした。


 そんな時、その上司から一通のメールがきました。当時の僕が直面している立場について、こんなメッセージがありました。


『いろいろあったけど、全てを糧として、頑張って欲しいです』

 一見普通のメッセージですが、心理的に負のスパイラルに陥っていた私には絶対に不可能だったことが、この文章にありました。

 こんな自分でも、こうやって励ましてくれる人がるなんて...最初は、そう思っていただけだったのですが、何度かメールを読み返しているうちに、その言葉に突然目が止まったんですね。

★全てを糧として

 つまりこの上司は、私に 『気付け、そしてこのことから学びなさい』そいう言っているのだと思いました。そこで、僕の気持ちが180度変わりました。決して開き直ったわけではありません。

 今の自分の現状を「糧」と捉えなくてはいけないのなら、


【何故こんなことになってしまったのか?と考えることをやめて、こうなったのは当然だと考えるべき。】

 そうしなくてはいけないということだと思ったのです。


 当時の僕は、不満、不服、理不尽、そんな気持ちでいっぱいだった。しかしそんな気持ちを爆発させたところで状況は解決しない。それは表にださず、黙って自分に科せられたことを受け入れるしかなと思っていた。


 そんな僕が、『自分が今、こんな目に合っている正しい理由は何か?』ということを、そのメールをきっかけに考えはじめた。

 辛いことや、苦しいこと、理不尽なこと。私達は生きている限り避けて通れないことでしょう。

 ★それらを【全ては必然だ】と捉えることによって、初めて分析が出来る。

 そんな気がしたんですね。
 言い訳、愚痴、不平不満、嘆き、被害者を演じる、という反応を示すか。それとも、そういった行為から抜け出して、自分がその状況にいるのは誰のせいでもなく当然と考えてみるか。

 どちらが自分を成長させらえるか? どちらが幸せな人生を送れるのか?いや、幸せとは言い切れないかもしれないが、人生をうまく生きていく方法は明らかではないだろうか。

 明らかに不当だ、理不尽だ、という出来事に直面していようとその答えは明白だろう。ところが、そこに辿り着くのが、不思議なくらい時間がかかることもある。


 しかし、幸いなことに、どのような感情を作り出すのか?その現実をどのように自分に解釈させるのか?最終的にそれを選ぶことが出来るのは、自分自身だけだ。

 困難な出来事や、例え理不尽なことでも、それらは、それを糧として『気付け!学べ!』というメッセージなんだと受け取る。私は、そんなことを当時の出来事と、上司のメールから学ぶことが出来た。

※その出来事はとてもお披露目出来るような内容ではありませんので、すいません。



 まぁ、その結果自分自身がどれだけ成長しているのか?ということを考えると、それはお恥ずかしくて、これまた、ここに書けるようなものではなく、毎日が糧との出会いのようなもんです(笑)



 ですが、そういう考え方が、普段から意識出来るようになったというだけでも以前の私にに比べれば、ちょっとはマシな人間になれたかなぁ、という気はしています。


 ちなみに、これは物事を何でもプラスに捉えよう!ということではありません。プラスに捉えることを前向きだとか、ポジティブだとか、そんなことは思いません。

 現実的に考えることで、事態は打開出来るということ、それが前向きに人生を生きるために必要だと感じた。このことを知れば、悩む時間は少なく、現実を受け入れ、それに対処する思考や行動に力を注げるのではないでしょうか。

 実際のところ、理不尽としか言えないような不幸な出来事はあるし、それでも、全てのことには意味があるだとか、神様が与えた試練だとか、そんなことを今の僕は思わない。ただ自分の人生が悪い方向へ傾いてしまったことをその出来事のせいにすることは避けていきたい。いまでも当時の出来事を思い出し、たまにそんなことを考える。