もう1つ。気になったNさんから
のメッセージです。
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私も今回の内海さんの意見にうな
ずけるような事を何度も経験して
います。
私の場合、大抵は相手が同居して
いる主人の義母ですが、批判して
反発したところで益々関係は悪化
するばかりで、自分自身にとって
も居心地の悪い家で過ごす事程、
最悪な事はないです。
コンビニの店員と内海さんの話の
ブログでのやり取りののように、
自分の対応一つで結果的には自分
へはね返ってくるもので、良好な
関係が築ければ自分にとっても一
番いい環境になりますね。
とはいうものの、まだまだ未熟な
私は何度となくこういう事を繰返
しては反省しています。
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随分と古い記事の内容を覚えて
いて下さって驚きました(笑)
Nさん、ありがとうございます。
コンビニ店員というと、多分この
ことですね。
【自ら作り出したストレスの対処法は?】
↑気になる方はどうそ。
Nさんの言う、
『自分の対応1つで結果的には自分に
跳ね返ってくる』
この言葉に深く頷きました。
相手が正しいかどうかを自分の物差
しで考えるからぶつかる。だから正
しいかどうかではなくて
★相手が思っていることを受け入れる
ただこのことにフォーカスすること。
感情的になってしまったら、相手
を認めずに、自分の言い分を認めさ
せようなどとしても永遠に交わらな
い。
しかし、それだけではうまくいか
ないことに直面することもある。
Nさんのメッセージを読みながら
ある出来事を思い出した。
僕が仕事で、ある企画を一人の部
下に任せた時のことだった。
彼の進め方に関して、僕は極力口
を挟まずに状況の確認だけを適度
にしていたのだが、別な社員から、
その進め方に対して反対をされ、
口論となった。
その社員は、自分の考えの方が正
しいと主張し、僕はいやここは彼
(僕が企画進行を依頼した部下)
に任せてあげよう、と意見が食い
違った。
最悪なことに、その異論を唱えた
もう一人は、ふてくされて、それ
を態度に出しながら仕事を続ける
日々となってしまった。
他のスタッフとは普通にしている
のに、僕と接するときだけ、態度
を変えて距離をおくような感じに
なる。そういうことにエネルギー
を使える人間って、ある意味凄い。
いわゆる『根に持つ』タイプだ。
当然のことながら本人は自分がそ
なん人間であることなど微塵も感
じていない、『悪いのは私の意見
を聞かない内海だ』ということに
なる。
状況が悪化する前になんとかしな
くてはいけないと思った僕は、自
分から歩み寄り、日を改めもう一
度話をして、今度は先に相手の意
見を尊重する、聞き切るというこ
とに決めた。
『なるほどね、◯◯さんがそう思
うのには、そういう理由があるん
だね。この間は、そこを認めてあ
げることができなくてごめんね。』
しっかりと話しを聞き、僕がそう
いうと向こうも『本当はいけない
って分かっていたんですが、態度
に出してしまってすいません』そ
う謝ってきてくれた。
僕は胸を撫で下ろし、意見を言っ
てくれたことに感謝をし、今回は
とりあえず現在進行中のやり方で
進めさせてもらえるよう、改めて
お願いをした。
しかし、その途端、口論になった
時に僕が口にしたことを再び持ち
上げて、それが正しくないことを
指摘し始め、あなたは間違ってい
る、これが事実だ、正しい、とい
う話をし始めた。
開いた口が塞がらないとは、まさ
にこのことだ。
まだ僕が間違っているという主張
をつきつけたがっていたのだ。
僕は絶句した。
謝っている相手に対して、更に
正否をはっきりさせようとして
くる。どこまで根に持てば気が
済むんだ?
おそらくこの話を読んでいる殆
どの方がそう思っているだろう。
僕も最初はそう思って、諦めか
けた。だが、その時の会話や僕
の態度を細かく振り返り、なぜ
そうなってしまうのかを考えて
みた。
一度本人も不機嫌な態度をとり
続けていたことを申し訳ないと
認めたのに・・・
『んっ!!!』
そっか、しまったぁ。。。
ようやく気づいた。
そうだその後だ、僕が企画の進
め方を変えずにやらせてほしい
と言った後だ。
話し合う前、僕は相手の言い分
をまずは聞き切る。そしてその
ことを受け止めてあげなかった
ことを謝る、それが大事だと自
分に言い聞かせた。
そしてその通りにしたところ相
手も打ち解けてくれた。
僕がとるべき行動は、それだけ
で十分だったのではないか。
そのことが大事だと話し合う前
に自分に言い聞かせておきなが
ら、僕はその見返りとして、相
手が企画進行に関して今回は現
状のやり方に納得してもらおう
としていたのだ。
相手を認めて、受け止めていた
つもりだったが、僕がしたのは
ただの『取り引き』だった。
そんな気がしてきた。
相手のいい分を受け止める変わ
りに、自分の言い分も理解して
ほしい。そうやってまた相手に
求める。これは取り引きではな
いか・・・
相手の言い分を受け入れて、し
っかりと聞いてあげられなかっ
たことを謝る。
それ以上のことはしてはいけな
かった。そこで仮に、相手が同
じように、まだ自分の意見の正
否を問うようなことを言ってき
たとしても、それを責めてはい
けない。
そこから相手がどうでるかは分
からないが、少なくとも自分か
ら取り引きを持ちかけることは
しない。
それが、相手を
『受け入れて、認める』
ということなのではないだろう
か。
先日のブログでも書いたが、そ
こが信頼を築く入り口になる。
そんな姿勢を積み重ねた上で、
こっちの意見に耳を傾けてもら
えらばなぁと。そう思うくらい
でちょうど良いのかも知れない。
これは僕にとってその後も非常に
良い教訓となって今も生きている。
まさにNさんの言う、
『自分の対応1つで、結果的には
自分に跳ね返ってくる』
そのものなのだ。
つまり、一見相手に原因があるよ
うに見えることでも、実は自分が
それをどのように受け止めるか次
第で、結果を変えることが出来る。
そういうことなのだと思う。
それは感情も同じ。
様々な出来事は、他人や環境など
外部から提供されるが、それをど
う感じるかを選んでいるのは自分
自身だ。
ニーチェのこんな言葉を思い出し
た。
~『超訳ニーチェの言葉』より~
自己コントロールは自由にできる
怒りっぽい人、神経質な人は、ま
さにそういう性格を持った人であ
り、 そのような性格はずっと変わ
らないものだとわたしたちは信じ
ている。
そこには、わたしたち人間が成長
しきったものであるという根強い
考え がある。
人の性格は変えられないと思っている。
しかし、たとえば怒りというものは、
いっときの衝動だから、自分で 好き
なように処理できるものだ。怒りを
そのまま表に出せば、短気な人 間の
ふるまいになる。ところが、他の形
に変えて外に出すこともできる。
抑え込んで消えるまで待つこともできる。
怒りのような衝動の他に、自分に湧
いてくる他の感情や気持ちもまた 同
じで、わたしたちは自由に処理したり、
扱ったりできるのだ。
まるで、 わたしたちの庭にはえてく
るさまざまな植物や花を整えたり、
木々の果実 をもぎ取ったりするかの
ように。
~引用終わり~
他人がしたことや、置かれている環
境、起きた出来事によって確かに感
情は変わる。だがそれを選択してい
るのは自分であるということだ。
それを認めることこそ、あらゆる問
題に立ち向かえる、人生戦略と言っ
ても良いのではないだろうか。
Nさんからのメッセージを読みなが
ら、改めてそんなことを考えた。
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