【忘年会終了・・・】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

ゲオフィットネス秋田広面店 大忘年会。



昨夜、無事?終了致しました。




私は雑用程度のお手伝いしか出来ませんでしたが、


ちぃずみをはじめ、運営に協力してくれたスタッフには


本当に頭が下がります。




というのも、私が、今の若いスタッフと同じ年代と立場だったら、


こういうイベントに積極的に参加出来ただろうか?


それすらも疑問だからです。




その訳は。



以前勤めていた会社でも、ビアパーティーや納会などのイベントが


毎年あり、参加人数も200人以上はいたと思います。




でも、それは本当に従業員同士だけのイベントだったんですね。


にも関わらず、それですらも私は正直いって億劫だったというか・・・




『別に自分がいてもいなくても関係無いだろ』


『お酒もそんな飲まないし』


『友達と遊ぶか、トレーニングでもしていた方が楽しいし』



などと言った理由から、周囲から声をかけられても、


架空の用事を作って欠席したりなんてことも多く、




自分が楽しいかどうか?


面倒か面倒じゃないか?



そこが基準で、平気でウソをつくような自己中野郎だったからです。




だから、積極的に参加してくれるスタッフや、仮にもし義務と感じて


参加してくれているとしても、進行の手伝いもしながらその場にいる


スタッフを見ていると、以前の私は、本当に社会性の無い人間だったなぁ・・・


なんてことを考えさせられるんですね。




なぜ、ゲオの忘年会と、以前の職場でのイベントが、私の中で


こんな感じにリンクしてしまうのかというと、そういった付き合いというか、


交流といったものを、もっと重視しなくてはいけないと感じる出来事が


あったからです。





その出来事とは、以前の職場での【私の送別会】でした。




先に述べたような、自分の物差しだけを基準にして、周囲との交流や


協調をないがしろにしていた自覚があっただけに、同じ部署の先輩・後輩が


集まってくれたことに本当に感激したんですね。




当然そこには、送別会を企画して、周囲に呼びかけてくれた人がいます。


そしてその呼びかけに協力してくれた人。応じてくれた人。



それを考えると、それまでの自分が恥ずかしくて、情けなかった。




この出来事をきっかけに、私の考え方がグルリと変化したことは


お察しいただけるのではないでしょうか。




自分だけの物差しを基準にして、社会性や協調性を欠いたりすれば


結局そこには自分の行動を正当化する言い訳しか残らない。




それは、『自分が何かをしたくて周囲の協力を求めたりするような状況に


なるかも知れない』ということを知らない恐さとも言えるような気がする。




あの時の送別会は、それを私に学ばせてくれた。



直接伝えることは出来なかったが、今でもそのことを先輩方には


感謝しています。