あるところに、1人の男がありました。年は30歳ぐらいです。
もう10年以上も、柴を刈る仕事をしていました。
重たい柴を背負って山を上り下りしていました。それで、いつも前かがみのままで暮らさなければなりませんでした。
ある日、山のふもとにある岩場で休んでいました。
すると小さな天狗が出てきて、言いました。
「いつもここで休んで、岩や木に話しかけているね。
そのお礼に、どんな病でも、背むしや目が見えない人でも、治せる、不思議な力をあげよう。
それで、いろいろな人の役に立てるといい。
でも、なにか、自分からなくなったなあと感じたら、いつでも、この岩場にきなさい。」
その翌日から、この男は、きこりをやめました。
病気の人や、手や足や目や耳が不自由な人を治せるようになったので、それを新しい仕事にすることにしたからです。
男のところには、毎日毎日、たくさんの人が、治してもらいにきました。
男は喜んで、たくさんの人を元気にしてあげました。
手がなかった人が、男に治してもらうと、家に帰って、自分の手で箸と茶碗を持って、ご飯を食べられるようになりました。
ほかにも、そういうことが、あちこちで起きました。
男はずっと幸せでした。
たくさんの人に自分の不思議な力が役立っていたからです。
でもだんだん、喜びが薄れてきました。
彼のところにきた人たちは、元気になって帰っていきます。それがいつの間にか、当たり前のこと、になっていました。
だから、男は、喜びを感じなくなってきました。
それに、不思議な力も、最近なんだか、弱くなってきたようです。
体にブツブツができた子どもが治してもらいにきました。
そのときは治ったのですが、1週間も経つと、すぐブツブツが出て、また彼のところにくるしまつです。
これではいけないと、男は、いつかの岩場のところにきました。
すると、あの天狗が、すぐ出てきました。
「元気がないねえ。力もないみたいだ。
じゃあ、元通りに、いや、それ以上に、してあげよう。」
天狗が男の両肩に、ちょっと触りました。
すると、不思議なことが、3つ起きたのです。
1つ目は、あの不思議な力が、今まで以上に、戻っていました。
岩場のそばに1本の木があります。
大昔に雷が落ちてふたまたに分かれています。
その木に男が手をふれると、たちまち、真っ直ぐな木に戻ったのです。
2つめは、男に笑顔が戻ったことです。
どうしてでしょう。
それは、3つ目に起こったことを聞けば、わかるでしょう。
なんと、曲がっていた背中が、治っていたのです。
男は背筋を真っ直ぐ伸ばして、すっくと、地面に立っていました。
その様子を見ていた天狗が、こう言いました。
「人を助けてあげて、それが嬉しかった。
でも、当たり前になったら、笑顔が消えたね。
力も、薄れてきたね。
それは、お前が、自分が1番なりたいこと、やりたいことを我慢して、人を助けようと、してきたからだと感じていたんだよ。
人を助ける人は、もう、自分のしたいことまで我慢することは、ないよ。
自分も助かりたかったんだろう、せむしが治って、元気になりたいと、ずっと思っていたのを、知っていたんだよ。
じぶんも元気になって、かまわない。
そのほうが、笑顔でいられる。
自分が元気だから、人を助ける不思議な力だって、じゅうぶん使えるようになる。
また、会いたくなったら、ここにきなさい。
今度は、友達として、茶でも飲みながら、ゆっくり語り合おう。」
それから、男の仕事は、また変りました。
いいえ。2つになりました。
今でも、人を元気にする仕事を続けています。
そして、柴刈の仕事も、また始めています。
男は、柴を背負って、背筋をシャンと伸ばして歩いています。
人を癒す力も、前より強くなりました。もっとたくさんの人が、男のところにくるようになりました。
人を元気にしたとき、男はいつも笑顔です。
それは、彼が元気になったからでもあります。もちろん、きてくれる人が元気になったからでもあります。
そして、男は、優しくて、元気で、明るい、いばらない、大金持ちになったということです。
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これで、このお話は、おしまいです。