近代デモクラシーが謗法のイスラム党派により、抹殺されようとしている国で、世俗主義派の軍部によるクーデターが起きた。いまだクーデターの成否がハッキリしない段階で、これを投稿するのは、気が引ける。
だが、Facebookフレンドのひとりが「トルコよ、ツマラナイカラヤメロ」と投稿したので、異議を申し立てたい。
彼の投稿は、近代デモクラシーを命賭けで護ることに対する無知と非常識から来る暴言と言えよう。
もちろん、近代デモクラシーに、欠陥がないわけではない。中には全体主義を生み出し、独裁を形成するケースもあったことは否めない。
だが、「ツマラナイカラヤメロ」という彼が、近代以前の、封建制復活を期待しているかというと、そうは思えない。
日蓮宗富士派信徒として思うのは、国躰の一部としての近代デモクラシーを命賭けで護る行動には、衆生に対する無縁の慈悲を感じるということだ。
近代デモクラシーとイスラム、または近代デモクラシーと共産主義の対決は、命賭けなのだ。
「ツマラナイ」という言葉は、平和呆けした日本人には口にする資格はまだない。

