家族の助けが必要だと思ったこと② | 憧れの(?)Italia Firenze生活

憧れの(?)Italia Firenze生活

イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と息子と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪

昨日の続きなんですが…

 

今回「血」の話が出てくるので、苦手な人は読まないでください。

 

 

 

さてさて、私とダンナ以外の家族の誰かがピピウの点滴交換方法をちゃんと習得してくれてればよかったと心底思った出来事が去年の5月末にあったんです。

 

 

当時、ピピウは1日11時間在宅で点滴をしていました。

 

夜につけて、朝に外すようにしていました。

 

 


生理2日目だか、3日目の朝。

 

起きたらすごい出血だったんです。

 

けっこうビックリする量だったんですが、その時はまだ平常心でした。

 

 

それが、時間が経つにつれて更に増していく経血量・・・。

 

夜用のナプキンが30分もたないようになってきました。

 

 

これはヤバイ…。

 

 

そう思いました。

 

 

ピピウを出産したあともけっこうな出血がありましたが、それよりも多かったと思います。

 

 

それでも少し様子を見ていたものの、どんどん出血してくるし、しまいには頭がくらくらしてきました。

 

ダンナは仕事で外に出ていて、私はピピウと家に2人っきり。

 

 

 

倒れたら大変なことになる…。

 

 

 

そう思って、まず義母に電話をしました。

 

できればピピウを見てもらいに家に来て欲しかったからです。

 

ところが、そんなときに限ってケイタイ繋がらず。

 

 

次にダンナに電話をしました。

 

申し訳ないが救急に連れてってほしいと頼みました。

 

 

ダンナは仕事をキャンセルして家に戻り、私とピピウを連れて、ピピウを出産した大学病院の産婦人科の救急に連れて行ってくれました。

 

受付で状況を話すと、別室に通され、看護師さんに様子を見せるように言われ、一緒にトイレに行きました。

 

「あ…本当に出血量が多いわね…。」

 

産後に使うオムツみたいなナプキンを渡され、ドクターを待つように言われました。

 

ドクターが来て、診察。

 

エコーを撮ったのですが、その間もすごい出血なわけです。

 

 

ドクターが言うには、子宮筋腫のせいで多く出血していると思われると。

 

できればピルなどホルモン剤による治療をしたほうが良いといわれました。

(現在、しています。)

 


そして…

 

「出血がかなり多いため、今日は家に帰すわけにはいきません。

入院してもらいます。」

 

と。

 

ダンナもその場にいたのですが、私もダンナも目が点になりました。

 

 

私が入院?

 

 

点滴のついているピピウをダンナ一人でみるの???

 

ダンナが一人で点滴をつけて、外すの???

 

 

 

 

無理。

 

 

 



 

点滴を一人でつけたり、外したりするのは可能といえば可能です。

特に外すときは割と簡単。

外すのは私が一人でよくしてました。

 

問題は点滴をつけるとき。

ピピウが動いて器具の無菌状態を保てなければカテーテル感染の危険があります。

それにもし、ピピウがカテーテルを引っ張って抜いてしまったら?

 

一人でそれを行うのはリスクがあるのです。

 

NICUで看護師さんたちから点滴の付け外しについて習ったときも、「二人でするように。」と言われていました。

 

 

「それは無理です。実は息子が…。」

 

と、ドクターにピピウの状況を説明しました。

 

「だから、入院はできません。」

 

と。

 


ダンナは無言でした。

 

分かるよ。

 

その気持ちは分かる。

 

私も当時、ダンナが入院ってなったら…

 

それは無理って100%思ったもん。

 

 

でも、ドクターはドクターで、

 

「でもね、このまま帰って倒れたらどうするの?

そっちのほうが危険よ。

誰か家族に頼めないの?」

 

と、すっごく入院を勧めてきます。

 

 

 

このとき、私の着信を見た義母がダンナに連絡していて、心配して救急まで来てくれました。

そして、ピピウを診察室の外でみていてくれました。

 

「ちょっと…姑と話してきます…。」

 

そういって、診察室を一人出て、義母と話に行きました。

 

 

状況を説明すると、

 

「今日はここに残りなさい。

大丈夫よ。

きっとなんとかなるわよ。

〇〇(←ダンナ)は夕方には家に帰ってくるんでしょ?

それまでピピウは点滴はないし、私がみてるわよ。」

 

と。

 

 

 

 

いや、ありがたいんですけどね。

 

その言葉はありがたいんですけどね。

 

 

「あ、無理だな。」

 

と思いました。

 

 

 

 

“点滴に繋がれていない間ならピピウをみる”という意味だと私は解釈しました。

 

 

でもね、一番必要なのは、点滴をつけるときと、つけてからなんですよ。

 

むしろ、その日は家に泊まってほしかった…。

 

 

やっぱり、身内でもピピウに何が必要かとか、ピピウの介護の大変さってあまり伝わってなかったように今でも思います。

悪気はないんでしょうけどね。

 

 

 

 

 

 

NICUで点滴をつける際、義母が軽くパニックになったのが思い出されて、

 

「やっぱり入院できない。」

 

と思いました。

 

 

今回はNICU内ではないし、頼りになるNICUのドクターや看護師さんたちは側にいないのです。

 

 

 

 

診察室に戻り、

 

「やっぱり入院はしません。家に帰ります。」

 

とドクターに言いました。

 

 

 

ドクターは

 

「事情は分かるわ。でも…。

ちょっと待って、特別、すぐに血液検査の結果を出すようにするから。」

 

その検査結果でナントカ(覚えてない)の数値が低い場合は絶対に入院するように言われました。

 

 

結果…

 

そこまで低い数値ではなかったようです。

 

 

 

とりあえず止血剤を処方され、出血が更に増える、または翌日もこの出血量が続くようであればまた救急に来るように言われました。

 

そして、「入院を勧められたけど、家庭の事情で断ったのは私です。」「何があろうとも病院を訴えません。」といった内容の書類にサインさせられました。

 

 

 

ダンナとピピウと帰宅。

 

 

お昼の後には義母がピピウをみに夕方まで来てくれました。

 

 

夕方以降、薬のせいもあってか出血は減っていきました。

 

 

 

 

でもね…

 

入院を勧められているのに、入院できないときの孤独感ったら…

 

ハンパなかったです。

 

 

 

ダンナが「安心して今日はここに残りな。」と言ってくれることを願ってはいましたが…

そう言いたくても言えないダンナの気持ちも手に取るように分かったので、それも辛かったです。

 

ダンナが私にそう言えなかったのは、ピピウのことを考えてだから。

 

安易に「僕一人でできるから。」と言ったはいいが、もし一人でできなかったら?

 

危険にさらされるのはピピウの健康なのです。

 

それが現実なのです。

 

私がダンナの立場でも、同じだったと思います。

 

本当にピピウを守れるのは私とダンナだけだと思いました。

 

 

 

 

だから…

 

時間がかかっても、無理をお願いすることになっても、

 

義母にピピウの点滴交換の処置を覚えてもらえばよかった。

ピピウと私達の現実を理解してもらうよう、努力すればよかった。

 

と、そのとき後悔しました。

 

 

 

 

 

在宅で介護をされているみなさん、今日も、いつも、本当にお疲れ様です。

 

介護する側は健康でなければならないプレッシャー…けっこう辛いですよね。

 

もし、周りに手伝ってくれる人がいるなら、多少無理をお願いすることになっても是非是非、必要なことのやり方を覚えてもらってください。

 

私みたいに後悔しないように。

 

 

 

その後、幸いにも私の体調は問題なく、順調にいきましたが、

もしそうでなかったら…

あのとき、本当に倒れていたら…

 

想像しただけでゾッとします。

 

 

 

 

簡単なことではありません。

でも、自分が何かあったとき、任せられる誰かを得ることは、介護する人にとっても、介護される人にとっても、とても重要なことだと思います。

 

 でも、難しいですよね…。

現在ピピウは点滴がないので、なんとかなりやすいですが…こう書いてる私も手をうっておかないと…。

 

 

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