日曜日の夜にサルデーニャに向かい、今日、フィレンツェに戻りました。
去年、私の乳ガンが見つかった頃、サルデーニャに住む夫の伯母にもガンが見つかりました。
伯母は当時83歳。
二人で一緒に手術も治療も頑張ろうと電話で励まし合いました。
去年の10月に手術をした伯母。
かなり大きな手術だったため、私の夫も息子を連れてサルデーニャへと向かいました。
伯母には子どもがいません。
ご主人も数年前に亡くしています。
伯母の妹(夫のもう一人の伯母)がいますが、この伯母も80歳をこえていて高齢。
夫は高齢の二人の伯母を心配し、フィレンツェからよく電話をかけていました。
手術後も伯母の病状は思わしくなく…。
それで、年末年始に私たち家族3人でサルデーニャへ行きました。
当時入院中だった伯母を毎日見舞うためと、
もう一人の伯母が少しでも休めるように、クリスマスや正月といったイベントが一人にならないように…
それくらいのことしか私たちにはできませんでした。
ただ、年末年始に会った時、伯母は私の予想以上に元気だったのです。
頭もしっかりしているし、食欲もある。
ゆっくりではあっても、一人で歩いて、身の回りのことはほとんど一人でできていました。
社交的な人だったからでしょう、入院中、看護師さんやスタッフにとても良くしてもらっているのが見て分かり、ホッとしたものです。
でも、今思えば、
あの時から既に、伯母は"覚悟"をしていたのかもしれません。
"もう会えないかもしれない"と思っていたのかもしれません。
仕事の事を聞かれ、やりがいを感じながら、楽しくやっていると話すと喜んでくれ、
「働きなさい。もちろんお金のためでもあるけど、それは自分のためでもあるから。
ピピウがまだ小さくて大変だろうけど、仕事は続けるべきよ。」
と。
ずっと働いてきた伯母だったので、そう言うのだろうとその時は思いました。
あと、息子の事を話していたとき、
「しっかり勉強させなさい。
やりたくないって言うだろうけど。
勉強は大切よ。」
と。
そして、フィレンツェに帰る日。
夫と私に向かって、
「私がいなくなったら、どうか彼女(もう一人の伯母)のことも気にかけてやってね。
本当に一人になっちゃうから。」
と。
「縁起でもないことを言うもんじゃないよ。」と夫と本人に言っていたのですが…。
伯母はもしかしたら、最期の出会いになる予感があったのかもしれません。
でも、まさか、こんなに早く逝ってしまうとは…。
年末年始、元気だっただけに、信じられません。
5月3日午後2時。
伯母が危ないと夫に連絡が入りました。
夫がすぐにチケットをおさえ、その日の晩にフィレンツェを発って、朝にはサルデーニャに着くようにしました。
が…それから数時間後。
5月3日午後5時。
伯母が亡くなったとの連絡が入りました。
最期に伯母と話せなかったのが悔やまれます。
夫と話をさせてあげたかった。
とりあえずその晩、取ったチケットでサルデーニャへと向かいました。
そして、伯母にちゃんと"さようなら"を3人で言ってきました。
80歳を過ぎてもいつも綺麗にしていて、華やかな物が好きで、社交的、そして頭の良い人でした。
私は一緒に過ごした時間はそんなに多くはないけれど…伯母の事が好きでした。
伯母に言われたこと、忘れません。
思い出を
ありがとう。
甥っ子の外国人の嫁を可愛がってくれて
ありがとう。
私のすることにいつも共感してくれて
ありがとう。
息子を可愛がってくれて
ありがとう。
生きている限り、ずっと忘れません。
あなたと出会えて、よかったです。
さようなら。
サルデーニャの港を出発する船より
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