憧れの(?)Italia Firenze生活

憧れの(?)Italia Firenze生活

イタリアはフィレンツェに住みつき早に20数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と息子と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪

イタリア生活十数年。イタリア人ダンナとの結婚生活も十数年。

“イタリア生活”…なんてステキな響きなの~キラキラ…と思ったら大間違い!

人生そんなに甘くないのね。

甘いこともあるけれど、苦いこともあるのです。

それが日本でもイタリアでも。

私のイタリア生活の甘いも苦いも御紹介。


イタリア・フィレンツェで日本語を教えています。
2017年3月に息子が誕生しました。3か月早い早産でした。

日本語講師の仕事の事、

私・ダンナ・息子・ねこの3人と1匹家族のイタリア・フィレンツェ生活を綴っていきます。


※ブログに掲載されている写真を無断で転載したりしないよう、よろしくお願いします。






インスタにも書きましたが…


今日(土曜日)、ある生徒さん(女性)からバラの花束をもらいました。






何でだろう?


と思っていたら、"母の日のプレゼント"だと。







この生徒さんは私より年上です。


結婚されていますが、お子さんはいません。



もちろん私は彼女の母親ではないし、彼女の母親の年でもありません。




でも、私には息子がいて、私は母親です。




だから「母の日、おめでとうございます。」と。

(イタリア語では母の日でも、お祭りやイベントごとは"おめでとう"と言う。)




感動しました。







私は女性から花束をもらったことが何回かあります。




けっこう昔。10年くらい前かな?

日本人の友だち(女性)が、私の誕生日に花束をプレゼントしてくれたことがあります。

それが、女性にもらった初めての花束だったかもしれません。



3年前、父を亡くしたときに、北イタリアに住む日本人の友だち(女性)がわざわざフィレンツェまで来てくれて、花束もプレゼントしてくれました。



最近では息子の友だち家族を家に招待した時に、息子の友だちのお母さんから花束をもらいました。



そして、今日、生徒さん(女性)から母の日にと花束をもらいました。






彼女たちに共通しているのは、

女性としての

強さ、

繊細さ、

そして優しさ。




花を贈れる女性って素敵だなと思ったのでした。









昔は花束って男性から女性に贈るイメージが私的に強かったのですが…


花束は男性からでも、女性からでも、もらうと嬉しいものですね。




頂いたバラを見ていると、幸せな気持ちになります。



感謝✨





 

 



 

 


 

 



 

 









インスタしてます。
記事の下のブログ紹介のところにあるインスタマークを押していただくと、私のインスタが見られますので、興味ある方はぜひ!

今日もKUROと町の写真を応援クリックお願いします

↓ ↓ ↓ ↓


にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村



 



/p>





日曜日の夜にサルデーニャに向かい、今日、フィレンツェに戻りました。






去年、私の乳ガンが見つかった頃、サルデーニャに住む夫の伯母にもガンが見つかりました。


伯母は当時83歳。


二人で一緒に手術も治療も頑張ろうと電話で励まし合いました。




去年の10月に手術をした伯母。



かなり大きな手術だったため、私の夫も息子を連れてサルデーニャへと向かいました。




伯母には子どもがいません。

ご主人も数年前に亡くしています。


伯母の妹(夫のもう一人の伯母)がいますが、この伯母も80歳をこえていて高齢。


夫は高齢の二人の伯母を心配し、フィレンツェからよく電話をかけていました。


手術後も伯母の病状は思わしくなく…。


それで、年末年始に私たち家族3人でサルデーニャへ行きました。


当時入院中だった伯母を毎日見舞うためと、

もう一人の伯母が少しでも休めるように、クリスマスや正月といったイベントが一人にならないように…


それくらいのことしか私たちにはできませんでした。



ただ、年末年始に会った時、伯母は私の予想以上に元気だったのです。


頭もしっかりしているし、食欲もある。

ゆっくりではあっても、一人で歩いて、身の回りのことはほとんど一人でできていました。


社交的な人だったからでしょう、入院中、看護師さんやスタッフにとても良くしてもらっているのが見て分かり、ホッとしたものです。





でも、今思えば、

あの時から既に、伯母は"覚悟"をしていたのかもしれません。


"もう会えないかもしれない"と思っていたのかもしれません。




仕事の事を聞かれ、やりがいを感じながら、楽しくやっていると話すと喜んでくれ、

「働きなさい。もちろんお金のためでもあるけど、それは自分のためでもあるから。

ピピウがまだ小さくて大変だろうけど、仕事は続けるべきよ。」

と。

ずっと働いてきた伯母だったので、そう言うのだろうとその時は思いました。


あと、息子の事を話していたとき、

「しっかり勉強させなさい。

やりたくないって言うだろうけど。

勉強は大切よ。」

と。


そして、フィレンツェに帰る日。

夫と私に向かって、

「私がいなくなったら、どうか彼女(もう一人の伯母)のことも気にかけてやってね。

本当に一人になっちゃうから。」

と。


「縁起でもないことを言うもんじゃないよ。」と夫と本人に言っていたのですが…。



伯母はもしかしたら、最期の出会いになる予感があったのかもしれません。


でも、まさか、こんなに早く逝ってしまうとは…。


年末年始、元気だっただけに、信じられません。






5月3日午後2時。


伯母が危ないと夫に連絡が入りました。


夫がすぐにチケットをおさえ、その日の晩にフィレンツェを発って、朝にはサルデーニャに着くようにしました。


が…それから数時間後。


5月3日午後5時。


伯母が亡くなったとの連絡が入りました。


最期に伯母と話せなかったのが悔やまれます。

夫と話をさせてあげたかった。



とりあえずその晩、取ったチケットでサルデーニャへと向かいました。


そして、伯母にちゃんと"さようなら"を3人で言ってきました。




80歳を過ぎてもいつも綺麗にしていて、華やかな物が好きで、社交的、そして頭の良い人でした。


私は一緒に過ごした時間はそんなに多くはないけれど…伯母の事が好きでした。


伯母に言われたこと、忘れません。





思い出を

ありがとう。


甥っ子の外国人の嫁を可愛がってくれて

ありがとう。


私のすることにいつも共感してくれて

ありがとう。


息子を可愛がってくれて

ありがとう。


生きている限り、ずっと忘れません。


あなたと出会えて、よかったです。


さようなら。




サルデーニャの港を出発する船より






インスタしてます。
記事の下のブログ紹介のところにあるインスタマークを押していただくと、私のインスタが見られますので、興味ある方はぜひ!

今日もKUROと町の写真を応援クリックお願いします

↓ ↓ ↓ ↓


にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村



 







2004年。


フィレンツェに来たばかりのころ、ピザの安さに驚いた。


日本だったら3人前くらいの大きな大きなピザが、6~7ユーロくらいで食べられた。


マリナーラやマルゲリータなどのシンプルなピザなら、5ユーロ、もしくはそれ以下の値段だったと記憶している。


なので、ピザ1枚(イタリアではピザは1人1枚注文する)とビールやコーラといった飲み物(イタリア人はピザを食べるときビールやコーラといった飲み物を飲む人がけっこういる。)でだいたい10~15ユーロくらい。


イタリアのピザ屋やレストランではコペルト呼ばれるサービス代が取られるのだが(そのかわりチップは基本的に必要ない)、コペルト込みでもそのくらいの値段で満足行く夕食が食べられた。



時は過ぎ…


2026年現在。


おそらく、今、フィレンツェはピザ1枚が9~13ユーロという値段設定だと思う。


ピザ屋でさえ、1人20ユーロ以下で食事をすることが難しくなってきたと言えると思う。


ビールを2杯注文したり、デザートを注文すると30ユーロする。


確かに高くなった。



それで美味しければまだしょうがないと思うが、ピザが小さくなっていたり、ピザの具が乏しかったり、以前ほど美味しくなくなった店も多いから残念である。


それはピザ屋だけでなく、レストランにも言えることだと思う。





美味しいレストランもピザ屋ももちろんある。


でも、以前は全体的に味のレベルの平均値が今より高かったと思う。


だから、どのレストランに入っても、そこそこ満足できることが多かった。


それが、最近は美味しいレストランに当たるのが賭けになっている。





今となっては2年前。


日本へ1ヶ月半帰国した際には日本の飲食店の安さと美味しさに感動した。


"以前はイタリアもそうだったのに…"

と思うのは、私の舌がイタリア料理になれてしまったからなのだろうか?





ここのピザは満足🍕



La veranda sull’Arno https://share.google/HmzvQrhKt0sRbdQo6La veranda sull’Arno https://share.google/HmzvQrhKt0sRbdQo6





インスタしてます。
記事の下のブログ紹介のところにあるインスタマークを押していただくと、私のインスタが見られますので、興味ある方はぜひ!

今日もKUROと町の写真を応援クリックお願いします

↓ ↓ ↓ ↓


にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村



 








最近よく思うこと。


何かを"極める"ということは

生きているうちに

できるものなのか?

いや、私はできそうもない…。


ということ。




ここ数年、仕事のこと、息子の学校のことで大きな変化があり、人間関係や人付き合いの幅がより広がりました。


私よりずっと頭がよく、知識も学識も高い人と話す機会も増えました。

そこで思いしる…

自分はまだまだだということ真顔

多くの新しい刺激を受けている毎日。

もしかすると、イタリアに住み始めてから一番充実している環境にいるのではないか?
と思うこともあるくらい楽しいのですが…

話せば話すほど、知れば知るほど、自分はまだまだ知らないことを知ります。

だからといって、自信を失くしているわけではありません。

人生、折り返し地点を過ぎてしまったので、「自分はダメだ」と諦めて凹んでいる時間さえ惜しい。

"極める"って、どのレベルに達したら言えるのでしょうか?

そもそも、何かを"極める"ことはできるものなのでしょうか?

頑張れば頑張るほど、勉強すればするほど、分からないこと、知らないことがどんどん増えていく。

それはまるで、終わりのない、永遠に続く道のよう。

だから、最高レベルに到達するのはまだまだ無理でも、今まで積み重ねてきた経験をいかし、今のベストを尽くす。

そして、少しずつでも、常に成長することができればと思います。





ソクラテスの「無知の知」。

まだ自分が多くのことを知らないということ、まだまだだという自覚があるだけましなのでしょうか?



イタリア語だって、だいぶ分かるようになり、コミュニケーションをイタリア語でとるのに問題がないレベルとはいえ、22年住んでいてもまだ分からない単語もたくさんありますし、話題によっては理解できないこともあります。
(他の言い方で説明してもらう必要がある場合がある。)

授業のあとで、もっとこういうふうに説明すればよかったと反省することもあります。


でも、それは自分がダメだからではなく、まだ極めていないから。
極めてはいないけれど、過去の自分と比べると少しは前進しているはず。
…と、考えるようにしています。

ポジティブ✨だな。

図々しいとも言う?




終わりなき追究の道。

これからも突き進みます!






インスタしてます。
記事の下のブログ紹介のところにあるインスタマークを押していただくと、私のインスタが見られますので、興味ある方はぜひ!

今日もKUROと町の写真を応援クリックお願いします

↓ ↓ ↓ ↓


にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村



 







今日(4月5日)はイースター(復活祭)でした🐣


イタリアではクリスマス同様、またはそれ以上に大切な祝日です。


息子の学校も木曜日から火曜日までイースター休暇中。


私も久しぶりに4連休!



イースター当日の今日は日伊お友達夫婦が山の家に招待してくれて、ランチを一緒にナイフとフォーク




本当に天気がよくて、お腹も満たされ、空気も美味しいし、お友達とのおしゃべりは楽しいし、幸せな気持ちになりました🍀





午前10時半ごろにお家に行って、一緒にランチの準備。


午後1時頃にもう一組のお友達夫婦が来て食事開始。


すごいのは気がついたら午後5時くらいだったこと泣き笑い



その間、ゆっくりいろいろなお料理をいただいて、いっぱいおしゃべりをして、カフェ☕にたどり着くまでに4時間くらい、ずっとテーブルについていたということ。


時計を見てビックリしました。





イタリアに来たばかりの頃ビックリしたのは、フェスタの時は今回のように何時間もかけて食事して、ランチからほぼディナーの時間までテーブルについていること。


最初は、そのゆっくりとした時間の流れや過ごし方がいいな✨と思ったものですが、慣れてくると…


長い。


お腹いっぱい。


つまんない。



正直…


しんどいわ真顔



ってなっちゃいましたよね。



苦行でしかない。



それから更に時間がたち、更に慣れると…



長い。


お腹いっぱい。


会話がつまんなかったら

リビングに避難

(イタリア人家族との場合)、

会話が楽しければ

そのまま残る。



という術を身につけることができました。



なので、しんどくはないです。


勝手にやってます。






だから、一緒に過ごすのが気の合うお友達となれば、ランチからディナーの時間ちかくまでテーブルにいるのはもう余裕ですグッ



むしろ、ずっとテーブルについてるイタリア人の気持ちも分かってきました🇮🇹







13、14年のお付き合いになるこのお友達夫婦。


妊娠出産、息子の病院での日々、コロナ禍、私の病気…楽しかったときも、辛かったときも、いつも側にいてくれたお友達です。


これからも長い長いお付き合いとなりますようにお願い


天気も心も清々しい2026年のイースターでした🐣











インスタしてます。
記事の下のブログ紹介のところにあるインスタマークを押していただくと、私のインスタが見られますので、興味ある方はぜひ!

今日もKUROと町の写真を応援クリックお願いします

↓ ↓ ↓ ↓


にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村