憧れの(?)Italia Firenze生活

憧れの(?)Italia Firenze生活

イタリアはフィレンツェに住みつき早に20数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と息子と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪

イタリア生活十数年。イタリア人ダンナとの結婚生活も十数年。

“イタリア生活”…なんてステキな響きなの~キラキラ…と思ったら大間違い!

人生そんなに甘くないのね。

甘いこともあるけれど、苦いこともあるのです。

それが日本でもイタリアでも。

私のイタリア生活の甘いも苦いも御紹介。


イタリア・フィレンツェで日本語を教えています。
2017年3月に息子が誕生しました。3か月早い早産でした。

日本語講師の仕事の事、

私・ダンナ・息子・ねこの3人と1匹家族のイタリア・フィレンツェ生活を綴っていきます。


※ブログに掲載されている写真を無断で転載したりしないよう、よろしくお願いします。







先日、息子が簡単な手術をしました。



今は元気です。


体育の授業は休んでいますが、元気に学校へ行っています。



上の記事にも書いたのですが、手術室まで私が息子に付き添いました。


息子に麻酔がかかるまで、手術室にいることができました。


麻酔が効いて、息子が眠りに落ちたとき、ドクターが私に外で待っているように言いました。


「よし。OK。

じゃ、お母さん、外で待っていてください。

心配しないで。

ピピウにキスしてあげて。」


と言われたことは上の記事にも書いたのですが…



このとき、実は…



かなり戸惑ってしまいました真顔








"ピピウにキスしてあげて"と言われても…


どこに?




顔はまだ麻酔のマスクがついているし、頭のところに麻酔科のドクターいるし無理よね?


今から手術するのに、そのお腹に口をつけるのは衛生的ではないよね?


やっぱり手?

私が立っている側の手には血中酸素濃度をはかる機械がついてるけど…




どこが正解!?





と、思わず考えすぎて固まってたら、



「あ、別に義務ではないわよ、お母さん💧

したかったらね。」



とドクターに言われてしまいました笑い泣き




なので、手の甲にキスをして、手術室を出たのですが…



イタリア人マンマはこの場合、どこにキスをするのよ?



ま、イタリア人の場合、麻酔科の先生にちょっと退いてもらっても"おでこ"にするって可能性もあるな…。

さすがに手術をする箇所ではないよね?

やっぱり手の甲で正解じゃね?



手術室を出てからも、
それ、けっこう
気になった真顔



結局、正しい答えは聞かずでしたが。



でも、ドクターが当然のようにそう言うってことは、イタリア人なら固まることなく、自然とキスができるのでしょう。




イタリア在住22年半。

大抵のことには慣れたし
大抵のことはしイタリア人のようにできる
と思っていたけれど
キスに関しては
まだまだでしたわ💋➰💕




やっぱり私は
日本人!🙋🏻‍♀️🇯🇵


と思った出来事でした。





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先週、プレゼントを買うために、サンタ・マリア•ノヴェッラ薬局の本店へ行ってきました。




何度来ても美しい✨


何度来てもいい香り🌹



息子は手術後で、元気だったのですが外科医から学校へ行って遊んでるときにどこかにぶつけたり、誰かとぶつかったりして傷口が開くと困るので、数日は学校を休ませるように言われ、息子も家にいたので、二人でサンタ・マリア•ノヴェッラ薬局へ行ってきました。





薬局の前に着いてビックリ。


なんと、店の外まで行列ができていたのです。


でも、プレゼントは買いたいので、とりあえず列に並んでみることに。


息子は行列を見て


「えーっ!待つの!?えー」


と嫌そうな顔をしていましたが…


行列を見てみると、


まぁ、日本人の多いことびっくり




列の最後尾も日本人の人たちだったのを見て、息子もあまり駄々をこねることなく列に並びました。




「マンマ、日本人だね。(小声)」


と前の若い女性2人を見て、話しているのが日本語であることを確認して、私に小声で言ってくる息子。





何故か分からないのですが、息子はイタリアで日本人に会えるのが嬉しいらしいのです。


フィレンツェをただ観光している知らない日本人でも嬉しいらしいのです。



「そうだね。」


としか、私は言いようがないのですが💧



いきなり「日本人ですか?」って知らない日本人にフィレンツェで話しかけられたって、困りますよね?💧






そして、この日はなんと、私たち後ろに並んだ人たちも日本人だったのです。


「マンマ!この人たちも日本人だよ!(それなりに小声)」


と日本人に挟まれて興奮する息子💧



息子は

"僕たちも日本人だよー!"

"日本語で話せるよ!"

というアピールをしたいのですが、一応、知らない人にあまり話しかけないように言っているので

(息子は誰にでも話しかける。そこはイタリア人の血?)、なんとか、そのアピールを自然にできる機会を狙っているのです。





列に並んで少しして、薬局のスタッフの男性が、列にまっすぐ並ぶよう言うために、何人いるか確認するために、私たちの側を通りました。


もし、あと30分以上待たないといけないようなら、また出直そうと思って、その男性スタッフに「長い時間待つんでしょうか?何分ぐらいで入れますか?」

と聞きました。

もちろんイタリア語で。


男性スタッフは

「そんなに時間はかかりませんよ。10分くらいで入れるはずです。」

と教えてくれました。




すると、それを聞いていた息子が


「あと、10分ぐらい待ったら

入れるって言ってます照れ✨」



と、前後にいた日本人の方たちにどや顔で日本語で言ったんです。




すると、前後の日本人の方たちが、


「あ、え?日本語?日本人?イタリア語分かるの?」


と息子の期待どおりのリアクションをしてくださり、日本語で話しかけてくださるわけです💧


それでフィレンツェに住んでることとか話すこととなり…。


息子も「ちいかわ」が好きなこととか、イタリアの学校の事とかを話し…

大満足✨


ま、皆さん、親切ですし、待っている間おしゃべりできて、これも何かの縁で、楽しいのですが、中には話しかけられたくない人もいるかもしれないし、不審がられることもあるのではないかと、毎回母はドキドキなのです💦



親切な日本人の方たちのおかげで、息子も退屈せずに列に並ぶことができ、予定どおり10分ほどで店内に入り、プレゼントを選んで購入し、家へと帰ったのでした。




それにしても…


夏に私の母と叔父叔母が

来たときは

全然通訳なんか

しなかったくせに

こういうときは

自然に通訳できるのね真顔



息子通訳は気分次第!








サンタ・マリア•ノヴェッラ薬局の商品、私は好きです。

実際に使ってみて、やっぱりいいと思うので、プレゼントもここの商品を選びました。


これだけ日本人の方がいたということは、日本でもかなり有名なのですねびっくり









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今日は大切なお友達の誕生日でした。




日伊夫婦のお友達🇯🇵x🇮🇹


もともと、私はイタリア人のご主人の方と先に知り合いました。


私が日本語を教えている語学学校に生徒としてやってきたご主人。

15年くらい前?


私のクラスに参加し、一緒に日本語を勉強しました。


奥さんが日本人だというのは本人から聞きましたし、奥さんはきっと大阪出身だなというのは、生徒であるご主人の関西弁の知識から察しがつきました泣き笑い



でも、だからといって、私はその奥さんに会うことはありませんでした。







それから少しして…



共通の知り合いを通じて、その奥さんとも知り合うこととなったのです。



フィレンツェは狭い。






彼女は年上で、イタリア生活においても大先輩であり、私なんかが彼女を"お友達"のカテゴリーに入れるのは気が引けたものです。


あくまでも最初は生徒さんの奥さんでした。


でも、

年齢差なんか気にならない

親しみやすさ。

賢明さ。

優しさ。


すぐに彼女のことが好きになりました。





時間と共に、真面目な話、辛い話、お腹を抱えて笑う話…

全部話せる仲に。


彼女に"お友達"と呼んでもらえた時は正直嬉しかったですね。




そして、言葉だけでなく、この友達夫婦は行動でもって、私たちに"友達"の意味を示してくれました。



息子が生まれ、大変だったとき。

息子の大切な腸の手術の前、

「縁起を担いでこれにしました!」

と、家に差し入れしてくれたのは豚カツでした。


息子がNICUにいる間、

私の乳ガンが見つかったとき、

手術をしたとき、

今回マンモグラフィーでひっかかったとき…


私のイタリア生活で苦しかったとき、辛かったときには、いつも彼女とそのご主人がいてくれました。



この友達夫婦が今まで私たち家族にしてくれたこと、絶対に忘れません。






私は友達が多いほうではありません。

たぶん、少ないです。


でも、"友達"と呼べる人たちがいる。

家族同然と言える人たちがいる。


私の"友達"は、私がここイタリアで生活していくうえで、とても大切な存在です。





これからもここフィレンツェで、一緒に楽しいことをして、一緒に美味しいものを食べて、一緒にいっぱい笑って…

そうして彼女と過ごしていきたいです。




お誕生日、おめでとうございます。


そして、いつも本当にありがとうございます。










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風邪もひかず、体調万全で迎えた手術日。


朝6時半に病院のファミリーセンターに来るように言われていたので、6時過ぎには家族3人で着いていたのですが…


ファミリーセンター、6時半丁度じゃないと開いてなかった💧


なので、まだ暗い中、ファミリーセンターの入り口の前で待ちました。


でも、私たちと同じような家族が結構いたので、寂しくはない!





さて、ファミリーセンターが開いて、受付。


待合室に通され、7時半ごろにデイホスピタルからお迎えが来ました。


今回は日帰り入院です。





デイホスピタルへ移動し、看護師さんと手続き。


息子は既にベッドの上。



麻酔科と外科が来るまで待つように言われました。



麻酔科のドクターが来て、書類にサイン。

書類には両親揃ってサインが必要なため、前もって両親共に来るように言われていました。


そのあと、外科のドクターが来て、今回の手術の説明。


「問題の箇所を見せてくれる?」


とドクター。


糸が残っていると思われる息子のお腹の部分を見せました。




後は手術室からお迎えが来るのを待つだけ。




手術室から11時過ぎにストレッチャーでお迎えが来ました。


手術着に着替えた息子はストレッチャーに乗らず、手術室に自分の足で歩いて向かいました。


私たちも一緒に向かいます。


手術室の前まで来ると看護師さんが、


「ここから先は、お父さんかお母さん、どちらか一人だけ付き添ってください。」


と。



「じゃ、シェコ、行ってきて。」


とダンナ。



自動ドアが開いて、中に入り、頭に被るキャップ、割烹着のようなエプロン、靴を覆うカバーを着用させられました。


この格好をしたのは7年半前。


息子が中心静脈カテーテル抜去手術を受けたとき。


あのときは、その格好をして、息子を抱っこして、手術室のベッドへと向かったのを覚えています。


今回、息子は大きくなったので、抱っこはしません。


手術室の準備ができたと看護師さんが迎えに来て、息子と歩いて手術室へ。



手術室にいたのはドクターたちも看護師さんたちもみんな女性。


身に付けていた手術着を脱いで、ベッドへ上がるように指示され、その指示に従う息子。




成長したものです。




麻酔科のドクターが、


「今からこのマスクをつけるよ。

イチゴのいい匂いがするからね。

そしたら眠くなるよ。」


と息子に説明。



息子は興味津々でいろいろ見たい!

ドクターに質問したい!泣き笑い



つけられたマスクも、気になって触ろうとするものだから、


「ピピウ、マスクを動かさないでよ。

じゃないと、ここにいるみんな眠くなるじゃない。笑」


と麻酔科ドクター。




それからも麻酔が効いてきているのを確認するためか、息子に話しかけるドクター。


その話しかけにしっかり答える息子…💧





まだ寝んのかい❗





「ピピウ、まだ寝ないの?

私だったらもうとっくに眠ってるわ。笑」


とドクター。



でも、そうこうしているうちに…



「よし。OK。

じゃ、お母さん、外で待っていてください。

心配しないで。

ピピウにキスしてあげて。」


とドクター。



力が抜けた息子の手の甲にキスをして、手術室を出たのでした。




ダンナと手術室前の待合室で待ちます。


実際にそこで待ったのは30分くらいだったでしょうか?


手術室から外科のドクターが出てきて


「全て予定どおりです。

もうすぐ、出てきますからね。」


と。



ストレッチャーに乗せられて出てきた息子。


まだ眠っていました。


一緒にデイホスピタルへと戻り、ストレッチャーからベッドへと移動させられます。


その時に目を覚ました息子。



「手術、終わったよ。

うまく行ったからね。

大丈夫。

マンマもバッボもここにいるからね。」


と言うと


「まだ…ちょっと眠い…。

寝るわ。」


と息子。




私もダンナもホッとしました。



寝ると言っていたのに、それから少しして目を覚ました息子。


まだ目が虚ろでしたが…

だんだん意識もしっかりしてきて、30分後くらいには目もパッチリ👀



そして、もちろん


「マンマ、お腹減った。

何か食べたい。」


ピピウが戻ってキター泣き笑い



看護師さんに言うと、1時間は待った方がいいというので、我慢することに。


手術してからデイホスピタルに戻って1時間後に水を少し飲みました。


大丈夫。


それから少しして、クラッカーとビスケットをもらい、それを座って食べました。


問題無し。




その後、ダンナはアポがあったので15時に病院を出ました。



私は息子と退院の許可が出るまで待ちます。



16時頃、看護師さんに少し歩いてみるように言われました。


ベッドから自分で降り、廊下を歩き出す息子。


問題無し。



自分でトイレにも行きました。




なので、5時とか、遅くとも6時には退院かな?

な~んて思っていたのですが…💧



5時半ごろ、やっと麻酔科のドクターが来て、息子の状態を確認。


ただ、手術内容や今後のケア方法などが書かれた退院の書類を作成し、家族に説明するのは外科のドクター。


なので、外科のドクターが来ないと退院できません。



"麻酔科のドクターはもう来たし…

外科のドクターももうすぐ来るよね"

と思ってたら…



全然、来る気配無し真顔



6時半になって、デイホスピタルの看護師さんたちも「外科は何やってんのよ?」とちょっとイライラ。


7時を過ぎて、流石に私たち以外にも待たされている患者の親が

「あの、退院はまだできないんでしょうか?」

と看護師さんに聞きました。



看護師さんは

「どうやら緊急手術が入ったようで…。

いつ外科のドクターが来るか分からないんです。」

と💧



もう、待つしかない真顔



結局、外科のドクターが来たのは7時半ごろ。


それから患者を一人一人診て、家族に説明をするので、私たちのところへドクターが来たのは8時頃。


手術は全て予定どおりにいったと。

傷口の消毒の仕方の説明があり、

友達とぶつかったり、どこかにぶつけたりすると危険なので3、4日は学校を休ませるように言われました。

手術から7~10日後に、かかりつけの小児科医に診てもらうことをすすめるとも。


そして、ついに退院!


看護師さんとドクターにお礼を言って病院を後にし、ダンナが晩御飯を作って待っていてくれる我が家へと帰ったのでした。




朝6時過ぎから夜8時過ぎまで病院。


正直、疲れました。


でも、これで、私にの検査結果も出たし、息子の手術も終わったし、ほとんどの厄介ごとが終わりました✨



長かった…。




息子は今、元気にしていますニコニコ



心配してくださった皆さん、ありがとうございます♥️














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先に言っておきます。


手術と言っても、大したことない手術です❗


息子は元気にしていますニコニコ




何の手術だったかと言うと…


覚えてらっしゃる方がいるでしょうか?


もう2年前の記事。








ようやく手術ができたんです。





息子は生まれてから特に1歳になるまでに何回も開腹手術を受けました。


術後、抜糸は必要なく、溶ける糸のはずだったのですが…


結び目のところの糸が溶けなかったようで、夏になるとそこが化膿して膿が出るのです。


息子も痛がるので、どうにかならないものかと、当時既に執刀医に話したのですが、溶けなかった糸をとる為だけに手術室へ送り、全身麻酔をかけるのはむしろ麻酔の方がリスクが高いということで、自然と溶けるか、出てくるかするまで様子見になったのです。



でも、出てこず…💧



2年前(2024年の初夏)にその箇所がかなり大きく腫れ上がり、外科緊急外来になり、さすがに手術でとっちゃいましょう!ということになったのです。


ただ、その時から、緊急性がある手術ではないので、かなり待つことになりますよとは言われていました。




2024年12月。


病院から電話がありました。


まだ手術を受ける気があるかと確認されました。


私は「はい」と答えました。


そのあとに、


「息子さんは"健康"ですか?」


と聞かれたのです。


健康って…


どのレベルを言ってる!?



電話をかけてきた女性は、


「もし息子さんが完全な健康体であるなら、Palagi病院(フィレンツェにある公立医療機関)で手術を受けることができます。」


と説明を付け足しました。


「"健康"というのは今、風邪をひいているかどうかというレベルのことでしょうか?

息子は未熟児で生まれ、短腸症候群なのですが…。」


「あ、そうなのですね💧

お母さん、残念ながらその場合は必ずMeyer

(息子がお世話になっている小児総合大学病院)で手術を受ける必要があります。

なので、今回の電話はなかったことにしてください。

また、待機リストに名前をのせておきますから。

残念ながら、Meyer での手術となると、まだ長い時間待たなければならないと思います。」


と。




当時、患部は腫れておらず、落ち着いていたし、私としても息子の手術はMeyerでお願いしたい。


なので、また待つことにしたのでした。


それから時は流れ…。





2025年8月末。


別件でまたMeyerの外科を訪れることに。


それも腸は関係ありません。


ただ、息子がそのことに関しては恥ずかしいから言わないで!と言っているので、ここにも明記するのは避けておこうと思います🤫

ただ、大したことではありません💦



その時も、手術を…と言われたので…


「実は、息子の名前はもうここの手術待機リストにのっているはずなんです。

2024年の夏から待っているのですが…💧」


「あ、本当だ💧

じゃ、二つまとめて手術をしましょう。

そうすれば1回の麻酔で済みますからね。

さすがにこれは前回の予約から時間が経ちすぎているので、できるだけ早く手術ができるように書いておきますね💦」


ということで、ちょっとプレッシャーをかけてもらって、再び待機リストに。




それからやはり時間は過ぎ…




2026年3月末。


病院から電話がありました。


「まだ手術を受ける気はありますか?」


「はい!あります!」


「では、麻酔科外来に○日に来てください。」


「手術はMeyerでやってもらえるんでしょうか?」


「はい、そうです。」




やっと麻酔科外来まで

たどり着いたー!



麻酔科外来の日、私は仕事があったので、ダンナが息子を連れていきました。


手術は麻酔科外来から6ヶ月以内に行われると言われました。

6ヶ月を過ぎるとまた麻酔科外来やり直しに。


手術1週間ほど前に、電話で連絡するということだったそうです。


手術は5、6月くらいかな~?と勝手に思っていたのですが…



全然、

電話かかってこない💧




7月も過ぎ、忘れられてない?と心配になってきたころに…


電話がありました。


「まだ、手術を受ける気はありますか?」


「はい、あります!」


「では、また9月に連絡します。

手術は9月だと思っておいてください。」


とのこと。



そして、その通りに…


9月11日に電話がかかってきました。


私は私の生検結果を聞きに来いという電話かと思ってドキドキして電話に出たら、Meyerからの電話で、息子の手術が9月21日に決まったとのことでした。



実に2年以上待った手術❗



長かったけれど…



待てるほどの病状だったこと。

本当に必要であればすぐに手術されることは、経験からよくよく知っているので、"怒り"とか"不満"といった気持ちはありませんでした。






長くなったので、手術の当日の事はまた次回💧







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