ダンナの言葉 | 憧れの(?)Italia Firenze生活

憧れの(?)Italia Firenze生活

イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と息子と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪

イタリア人が平均的にそうなのか?
それともたまたま私のダンナや周りの人たちがそうなのか?
よくわかりませんが、今回は「日本人とは考え方が違うのかな?」と思ったことを書きます。




これまでにも、いろんな日本人のお母さんのブログを読んでいて、お子さんの健康状態に問題があると「ごめんね」と原因や責任が母親である自分にあると感じ、子供に謝る…といった内容のものをよく見かけました。

確かに、早産で息子が生まれてしまった時、私も息子に「ごめんね。こんなに早く産んで。」と思い泣けてきましたし、実際に息子にそう言って泣いていました。

でも、私が息子に謝る度にダンナからツッコミが入るのです。


「なんでシェコが謝るの?」


と。


「なんで?って…本当なら10ヶ月お腹にいるはずだったのに、こんなに早く“産んで”しまった。」と言うと…


「シェコが産みたくてこんなに早く“産んだ”わけじゃないじゃないか。息子が自分から“産まれた”んだよ。だから、謝るのはおかしい。」

と。



さすが、謝らない人種イタリア人的な考え方だな真顔

と、思ったものの、ダンナからすれば「だから自分を責めるな」ってことなんだと思います。

正直、ダンナのその言葉は嬉しかったです。



息子が生まれて、私がお世話になっているプライベートの産婦人科の先生(女医)が病院まで会いにきてくれました。
(ずっと前から公私ともに付き合いのある人なので。)

彼女の顔を見たら、ホッとして泣けてきて、「早く生まれたのは私のせいかな?」と聞いてしまいました。

彼女も「今までずっと診てきたけど、あなたのせいなわけがないじゃない。どうしてそんな風に思うの?」と。

この言葉も嬉しかったなぁ。


イタリア人は私みたいな場合どうなんでしょう?
「私のせい」と自分を責めたりはしないのかもしれません。

「自分を責めないで」とはイタリア人に1度も言われませんでした。それよりも「どうして自分を責めるの?」と言われました。

確かに、私も妊娠中は色々気をつけていました。
タバコはもともと吸わないし、お酒は好きだけど辞めました。
検診ではいつも「順調」だったのに…。

悪いことをしたという心当たりがなくても、自分のせいだと思ってしまうのは日本人の特性でしょうか?




ダンナが自分を責める私を見てこう言いました。

「息子が今だと決めて生まれてきたんだよ。
助産師さんもそう言ってただろ?
生まれたからには1人の人なんだよ。
人の人生は他の人には変えられない。
今は息子の人生は息子のもので、息子次第なんだよ。
だから、今は僕たちの息子を信じよう。」


よし!そうか!
…とは、その時すぐには思えませんでしたが…自分を責めててもしょうがないといううことだけは理解できました。


NICUの看護師さんにもよく言われました。
「お母さん、泣きたい時は思いっきり泣きなさい。でも、いつも泣いてたらダメよ。不思議だけど、お母さんが落ち着いていると、子供も落ち着くのよ。」と。



きっと、自分を責めて泣いてるよりも、息子の生命力を信じてあげるほうがきっと役に立つ…そう思いました。

そう考えるきっかけをくれたダンナや周りのイタリア人に感謝。




この3ヶ月、息子の命が本当の危険にさらされた時期がありました。
医療の力でもなく、医者の腕でもなく、息子の生きる力を信じるしかない時がありました。

もう、自分を責めててもしょうがない。この子は強い。この子は強い…。
そう自分に言い聞かせました。



もし、今、あの時の私と同じ様な状況で、子供のことで自分を責めているお母さんがこのブログを読んでいるとしたら…
ダンナが私に言った言葉を送りたいです。

子供の人生は子供のもの。
自分を責めるより、子供の力を信じて。




私の息子は本当に強い子です。
きっと、あなたのお子さんも強い子です。



私は息子の力を信じたら、心配は尽きないけれど少し前向きになれました。




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