疲れがたまっている時、ふと昔の事を思い出したり、意識があるのに気味が悪いくらいに鮮明な夢をみることが時々ある。
前日の練習と試合で疲れた身体を電車に乗せ、スクリーンのように流れていく窓の景色を眺めていたら、ふと聴こえてきた。
「・・・おじいちゃん軍団。」
"おじいちゃん軍団"
これほどまでに古い記憶がやってきたのはとても久しかった。
いつもはほんの数年前や、古くても20代前半の記憶がほとんどで、今年34になる僕はもうすっかりと懐かしむ記憶が多くなると共に、思い出せない声や景色も増えてきた。
「おじいちゃん軍団。」
とても幼い声だった。
僕は応えた。
「君は、5歳の僕だね。」
「おじいちゃん軍団。」
誰に言うでもない口調だった。
久しく会っていなかった古い記憶。
どうして今になって5歳の僕がやってきたのか。
そして、どうして彼は“おじいちゃん軍団”としか言わないのか、理解に苦しんだ。
実のところ、5歳の僕が今の自分を見たらなんと声をかけてくるのか想像は容易かった。
幻滅しているに他ならないからだ。
34歳といえば、妻と子を持ち子供の小学校の運動会のパパさんリレーで他のパパさんをごぼう抜きし、周りのママさんからチヤホヤされているに違いなかったからだ。
だが現実の僕はその世界線に居ない。
彼には本当にすまないと思っている。
「おじいちゃん軍団。」
兄のお下がりのパジャマをまとう5歳の彼は、そんな僕を叱咤するわけでは無かった。
ただ、そんな彼が必死に叫んでいる。
「おじいちゃん軍団。」
僕はその言葉に覚えがある。
「おじいちゃん軍団。」
当時、僕はハマっていたのだ。
“おじいちゃん軍団”という響きに。
おじいちゃん軍団とは、僕が保育園に通っていた頃に開発し、その後の保育園生活や自宅で兄たちの遊び相手をしていた遊戯のひとつである。
結論から言えば、ただ老人の真似をして歩くだけの行為だ。
ただ、幼少期というは目の前に起きる全ての事柄をゼロベースで感じることが出来る唯一の期間であり、そういった意味の無い動きや気に入った響きの言葉をただ連呼する行為について、素晴らしく高潔な意味を見出すことも出来た。
“おじいちゃん軍団”
それは新聞紙を丸めて棒状にした杖を用意するところから始まり、完成したその杖を右手で床につき、腰を水平近くまで屈め、左手を腰に回しただ歩くというもので、おそらくこれを見た全ての老人は不快な感情を抱くと思う。
なぜなら、その動きは歩いてはいても前に進むにはあまりにも遅く、ただその場で足踏みをしているだけのようにも見えるからだ。
そして“軍団”。
そう。
この“おじいちゃん軍団”とは、その行為を複数の人間が同時に行うことで初めて成立する。
つまり、自分の他に最低でも二人の有志が必要で、この二人も先の準備を済ませ、縦に並び列をなす必要がある。
そして号令と共に歩き出し、足踏みのテンポに合わせ、リズムよく"おじいちゃん軍団"と唱えるのだ。
「いくぞ!せーのっ!」
「「「おじいちゃん軍団!!!」」」
「「「おじいちゃん軍団!!!」」」
「「「おじいちゃん軍団!!!」」」
「「「おじいちゃん軍団!!!」」」
「「「おじいちゃん軍団!!!」」」
・・・
・・・
これがおじいちゃん軍団の全てである。
当然ではあるが、歩きだしたその先にゴールなどといったものはない。
僕たちはその一瞬を懸命に生きる他無いからだ。
当時の僕はそれを体現していた。
この世に生を受けた意味、それは確かにあるかもしれない。
だが、最初から目的を持って生まれた人間がこの世にいるだろうか。
言葉を学び、歴史を知り、そして自分にとって最も都合の良い言い訳を目的やゴールなどいった言葉にすり替えて、僕たちは安心している。
僕たちにとっての本当の目的やゴールとは一体なんなのだろうか。
あの頃参考にしていた実際のおじいちゃん達は、もうこの世にいない。
戦中戦後の日本を支え、豊かな国家と国民性を残した彼らには心からの敬意を表したい。
出来ることならその墓前に花束を添えて。
ただまっすぐに、そして懸命に。
“おじいちゃん軍団”
足並みは遅くとも、一歩一歩と確実に前に進むその様に、当時の僕は大きな喜びを感じていたのだと思う。
そんな当時の僕からしたら、今の僕は仕事に追われ、物や情報に埋もれ、何か大切なものを見失っているように見えたのかもしれない。
地に足をつけ、懸命に歩くことの尊さ。
5歳の記憶から感じとれたのは、とてもシンプルな、ひとつの生き方だった。
ありがとう。
おじいちゃん軍団。
-終わり-